Unrequited | ナノ



リコちゃんに背中を押してもらったあと、決意が鈍らないうちに後戻りが出来ないように、すぐに伊月君にメールをした。伝えたいことがあるから、部活の後空けておいてもらってもいいかな?と。

分かったという簡素なメールを見返して、深呼吸をする。大丈夫、駄目でもともと。勝ち目の無い事なんて分かってるじゃないか。自分の気持ちが伝えられたらそれでいいんだ。

「ごめん、待たせた?」
鍵板を職員室に返してきた後のようで、もう生徒はほとんど下校し始めている。
大丈夫だよと自分でも分かるほど震えた声で呟く。緊張している身体をいなすように、唇を噛んだ。

「帰りながら話そうか」
そんな私の姿を見兼ねてか、提案をしてくれたので頷いた。ほら、と差し出された手に鞄を渡す。

こんなときにも伊月君はいつも通りで。
自分の気持ちを伝えられなくたって、このままでも充分じゃないか。告白してしまったらこの関係は壊れてしまうんじゃないかって。そんなことが脳裏を過ぎった。

「桧原?」

でも、このまま嘘をつき続けるのは嫌だ。リコちゃんや伊月君、それに、自分の気持ちに。

「…伊月、君」

私が何を言わんとしているかは分からなくとも、普通ではない態度は少なからず理解しているだろう。油断したら溢れてしまいそうな涙を堪えて、言葉を紡ぐ。

「あなたのことが……好き、です」

伊月君が一瞬立ち止まりそうになったのが分かった。驚いていることぐらい、顔を見なくても分かる。

「…俺も好きだよ、でもごめん。多分桧原の好きとは違うんだ…」

涙はもう我慢できなくて溢れてしまったけれど、不思議とあれだけ不安だったのに後悔はしていなかった。ただ、制服の袖で懸命に拭っても、全然止まってくれない。何か言わなきゃ、でも込み上げる思いで嗚咽しか出てこない。

覚悟していたことなのに。
分かっていたことなのに。
どこかでまだ期待してたのかな。

がしゃん、という音に僅かに振り向けば、視界の端では伊月君が自転車を止めていた。進むわけにもいかなくて、釣られるように立ち止まる。

背中に回された腕で、伊月君に抱きしめられていることを、いつもより回転の遅い頭で漠然と理解した。ずっとこうして欲しかった。やっと叶った願いなのに、何でこんなに虚しいんだろう、嬉しいのに。綺麗な顔をしているくせに、男らしい胸板に頭を押し付けるように預けて制服をぬらした。フったなら、優しくしないでよ、突き放してよ。

そんな思いとは裏腹に彼の背中に弱々しく手を伸ばす。
背中を優しく叩く彼の腕が、ひどく優しくてそれが彼の気持ちを物語っていた。私の気持ちはその行動に現れていた。

止め処なく溢れる涙が止まるまで、ずっとそうしていてくれた彼の温もりはきっと忘れないだろうなあ。胸に頭を埋めていた所為で、彼の表情が見られなかったのが心残りだったが、泣きはらした目を見られるよりはマシだった。