まだ眠気の抜けない土曜日の午前10時。
折角のオフに勉強をするのは勿体無い気がしたが、かといって何もしたいこともなく、予定も入っていなかったので最高にだらだらした1日になりそうだ。
「ふあ、…。おぉ?」
机の上で携帯が光っている。着信音を聞いた覚えはないのになあと思いながら手にとって、サブディスプレイを覗けば「相田リコ」の文字。やばい、無視してた。午後からどっか行かないとのことで、送られてきたのは八時過ぎ。もう一度ベッドサイドの目覚ましを確認して少し息を吐く。いいよ、どこ行く?
「送信、っと」
何着ていこう、とタンスを漁ってみるもイマイチパッとしない。出かけるならついでに服でも見ようかな。デートのプランニングでこそないものの、久々のリコちゃんのお誘い、お出かけに胸を躍らせて頬を緩ませた。
*
「ミルクティーうまー。」
「本当に紅茶好きだよね」
紅茶は世界の宝!とアピールして、また一口啜る。甘苦い…ああ、美味しい。などと一人紅茶ワールドに浸っていると、苦笑いされた。
「で、話したいこととは?」あの後のメールのやり取りで、話したいことがあるから詳しくはまた後で、という文面があったのを思い出して尋ねる。
「んー・・・単刀直入に言うけど、さくらって伊月君のこと好きなの?」口に含みかけたものを慌てて飲み込む。まあ、むせた。結構盛大に。
「相変わらずリコちゃんばっさりだねえ」
「回りくどいのは性に合わないからねー」
それでどーなのよと促されれば、その通りなので頷く。
「どこで気付いた?」
「ずっとよ。一緒に帰ってるじゃない」至極その通りですけれども。反論の仕様が無いので押し黙る。
「うん、まあ……」
そこで綺麗に笑えるほど、私はまだ大人ではなかった。伺うようにリコちゃんのほうを見ると、気まずそうにしていたから、自分がどんな表情をして居るかは察しがついた。
「…嫌な女だよね、私」
自嘲するように、呟く。口にしたら、彼女にまでこの痛みを与える事になる。私の知る中で誰よりも優しく、責任感の強い子だった。きっと私のことまで抱え込んでくれるだろう、だから本当は言ってはいけなかったのだ。彼女に迷惑をかけてはいけない。分かっていたはずなのに、何で口に出してしまったんだろう。リコちゃんの表情が同情に変わったのを見て、しまったと思った。もう遅いけど。
「一緒に帰ってること?」
「……それも、そう。」
何も言わなければ、彼女は心の中で私を最低な女だと思うだけで済んだ。打ち明けられたら、それが同情に変わるだけで。
「駄目だって分かってる、けど」
ああ、こんな女私だったら嫌いだ。
せめて作り物の感情だったらよかったのに。
でもこれは心の底からの本心でしかないんだもん。
「駄目じゃない。別にいいじゃない」
返ってくる言葉は一字一句違わない、予想通りの慰めだった。
「悪いのはその幼馴染でしょ」
今度は予想外というか、予想の対極の答えが返ってきた。え?などと間抜けな言葉が口から漏れただけでも良いほうだ。鳩が豆鉄砲を食ったようとは、きっと今の私のようなことを言うのだろう。突然ともいえる事態に頭が追いつかない。
「幼馴染なら伊月君がああいう性格なの分かってるでしょ。信頼だか何だか知らないけどね、彼氏の躾は彼女の役目よ。それで浮気されて、他の女を責めるのは筋違いにも程があるわ。責めるなら自分の浅はかな信頼とやらを責めればいいじゃない」
ぽかんとして何も答えない私を無視して更に続ける。
「あのねえ、浮気されるってことは、そっちにも問題があるってことなのよ。何も問題がなきゃ他の女になんかなびかないわ。
略奪愛?本望じゃない、奪いたきゃ奪ったらいい。それをさくらが自制しなきゃと思うならそうしたらいいわ。でも、後悔するくらいならやれるだけやりなさい」
心の中にあった何かが、すとんとどこかに収まる感覚。腑に落ちる、まさにそんな感じだ。
「そ、かあ………そうなんだ」
「だから遠慮する必要なんて無いわ」
きっぱり言うリコちゃんに後押しされるようにして、やっと自分の気持ちに踏ん切りがついた。
「うん。ありがとう、リコちゃん」
「どういたしまして、応援してるからね」
まだ臆病な私は奪ってやろうとそんな気持ちになることは出来ない。ただ、自分の気持ちを伝えたいとそう思った。それが彼に届いてくれればいい、と。
三分の一ぐらい残ったミルクティを飲み干して、実感する。
どうやら私はリコちゃんのことを見縊っていたらしい。