別に人が嫌いだとか、人と関わるのが面倒だとか、そんな大それたことを思っているわけではない。現にバスケ部のメンバーとは人並みに話すし、仲が悪いわけでもない。 ただ、普段の学校生活ともなれば話は別だ。関わりたくないとは言わないが、関わる必要が無ければそうはしない。必要とあらば、だ。大抵は読書をしているか、予習をしているかで休み時間を過ごす。恐れをなしてか俺に近づいてくるバカはいないし、その方がいい。
バスケだけがあれば、それでいい。今の状況に不満などなかった。
黄瀬が「屋上でご飯食べるの気持ち良いんスよ!」と言っていたのを思い出して、弁当を持って屋上に向かった。これももう始めて一週間が経つ。 風の影響か重い鉄の扉を開く。差し込んだ光の奥を覗くように外を見れば、先客がいたようで目があった。引き返すわけにもいかず、そいつとは逆のベンチに腰を掛ける。 彼女は飯を食べるわけでもなく、ただそこに座って、ぼーっとしていたらしく、俺が来てからはじっとこちらを見ていた。居心地が悪いが、仕方ない。最初はそう思っていたが、もう一週間も経てば慣れてなんてことはなくなった。
手早く食べ終えて意を決したように彼女も立ち上がりこちらに向かってきた。
「ねぇ、赤司くんだよね」初めて聞いた、声。透き通った高い声。ちらり、と一瞥をくれて言葉は返さない。それを気にも留めず、一歩また一歩と近付いて俺に手を伸ばした。「綺麗だよね、その目と髪の毛」頬に触れそうになった手を勢いよく払いのけてしまい、そのあとで気が付いた。女だった、力を入れすぎた、と。
あ、と一瞬怯えるような目に変わって、俺は唇を噛んだ。俺を見る目はみんな決まってこれだったが、彼女がこの表情をしたのは、俺が知る限りでは初めてだ。
「ごめんね、急に。気持ち悪い、よね。赤司くんのこと気になってたから・・・」
最後にもう一度ごめんね、と呟いてから、走って屋上を飛び出した。残された俺はどうしていいか分からず、一瞬触れた彼女の手の温もりを握り締めて、自分の不甲斐なさを壁にたたきつけた。
それからまた一週間。やはりというべきか、彼女はもう屋上には来なかった。それを少し寂しく思っている自分に驚いた。と、その瞬間扉が開いた。あのときのように目が合った。場所こそ逆であるものの。 気まずそうに目を伏せて出て行こうか迷っているであろうところも、同じ。ただ、出て行こうとしたのが唯一の違いで。
「・・・待て」自分でも意識せずそう叫んだ。驚いたようにこちらを振り返った表情は、危惧していたものではなく、単純な驚きに見えた。
「名前。教えてくれないか、」
もう一度目を見開いて、彼女は知る限りで最高の笑みを作って、嬉しそうにあの綺麗な声を発した。 「初めまして、みょうじなまえって言います。」 君は?と訊かれたのに知っているくせにと、一瞬怯んで、空気を吸う。
「赤司征十郎だ」
よろしくね、という言葉にかろうじて頷くのが精一杯だった。
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title by : 雲の空耳と独り言 斎槻サマに記念捧げー
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