木製の櫛を片手に厄介な寝癖を寝かしつけるという格闘は、毎朝のように繰り広げられる。今日とてその例外ではなく既に五分は鏡の前に立っているだろう。良い加減嫌になって帽子でも被ってしまおうかと洗面所から離れようとしたとき、寝ぼけ気味のなまえとバッティングした。

「……っと、すまない」
「んにゃ?おはよ、征くん」

若干サイズの合わなかったらしい寝間着の袖で目を擦りつつ此方に声を掛けてきた。毎日のように見ているから、案の定というべきかなまえも寝癖が結構ひどい…髪質の所為だろうか。入れ替わるように鏡の前から去ろうとすると、腕を掴まれた。

「寝癖直すならついでにやろっか」
やはり直っていなかったらしい俺の後頭部の寝癖のついた髪を引っ張った。
…!折角の努力が水の泡だ。まあどうせ直ってはいなかったのだけど。

赤と白のドットのポーチから霧吹きを取り出して、俺の手から櫛を奪ってまた鏡の前に立たせた。自分でやるのとは違いどこか変な感覚だったが、それが嫌ではない。…なまえだからだろうか。

「綺麗な髪してるよね」
「なまえだってそうだろう?」
「染めちゃったら意味無いもん」

直した寝癖の部分をぽんぽんと叩いて、近くにあったキャップを被せられた。あーあ、と溜息を吐いたなまえをちらりと見やると自身の髪の毛先を指で撫で付けて俺の髪とを見比べていた。あまり好きではなかった自分の髪色も、なまえが好きだといってくれたから好きになれた。今では誇りに思える。そんなことを言ってくれた彼女が真っ黒に髪を染めてしまった理由は聞けずにいるのだが。

「カラコン痛くないのか?」
「んー、もう慣れちゃったよ」

そして黒いカラコンを目に入れてパチパチと瞬きをする。意図したものではないだろうが、目から零れた雫を見て理解しているはずなのに一瞬泣いているのかと思ってしまった。


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