「……ただいまあ、」

気の抜けた声と共にドアを開ければ、征くんが覚束ない足取りでふらふらと寄ってきたかと思えば、もふっと抱きついてきた。確か今日は練習がある日だっけ、微かに濡れた髪からはシャンプーの匂いがした。それが心地よくて私も彼の背中に腕を回して、綺麗な赤色の髪に手を絡めて梳くように撫でる。ん、と満足したようで腕を解かれたので私も手を離す。

「夜ご飯、何にしよっか」

少し考え込むような素振りをしたあと、肉じゃがとだけ呟いた。それに対して分かった、と答えるといつものように服を着替えて荷物を置きに部屋に行く。
今日も一日疲れたなあ、なんて毎日同じことを思いつつ携帯の電源を入れて猫のぬいぐるみのような携帯置きに戻す。ぼんやりと、この猫なんとなく征くんに似ていると想起しながらも、玉ねぎあったっけと夕食に頭をシフトさせる。

「あ、手伝ってくれるの」
寝ぼけているのか曖昧な返事が返ってきた。この状態の征くんに包丁を持たせたり、火を扱わせたりするのは些か不安が残る。普段からすれば結構万能なので下手したら私よりも料理は上手いかもしれないのだが。…何年やってきたのか分からない家事なのに。あぁでも征くんにならいっか。

「征くーん、疲れてるなら寝てていいですよ?」
「いや、やる。…僕がやるといったらやるんだ」

だから、そんな状態で言ったって説得力無いんですって。同い年の男子に思うことかは分からないけど、正直うとうとモードの征くんはすごく可愛い。普段あれなのに。普段あれなだけに。危なっかしい彼を見守りつつ、着々と肉じゃがの準備を進める。…むう、若干動き辛い。

「征くん征くん!」
「…んー、…………ん」

寝てる…器用だ立ちながら寝てる。
「…ごめん、征くんソファで待っててもらってもいい?」
別に邪魔だとは言ってない。断じて言ってない。言ったら怒られる。

仕方ない、と寝言と言っても差しさわりの無いくらいの小さな声を発してから、そのままソファに直行して倒れこんだ。やっぱり疲れてたんだろうな。
醤油をいつもより少なくして、砂糖を投入して甘めの味付けにする。お玉を口に運んで舐めるように味見をすると納得のできる良い感じの味。火を止めて器に移す。インスタントの味噌汁に沸かしておいたお湯を注ぎ、炊いておいてくれたご飯を二人分よそって、肉じゃがと一緒に食卓に並べる。
夕食にしては少なく思えるかもしれないが、夜たくさん食べると次の日に響くし、征くんはれっきとしたバスケットボールプレイヤーで、圧倒的な勝者である。生活のリズムもそれ相応にするべきだろう。

「征くん、出来たよー」
「……良い匂いがする、」

覚束ない足取りで食卓について、一緒にいただきますと手を合わせる。平凡でも幸せな一日はまた過ぎて行く。


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