evil spirit
早乙女学園学生寮の同室のこの男、聖川真斗と付き合い出して、1ヶ月になる。

レディの扱いには慣れている神宮寺だったが、男の、しかも幼なじみと付き合うのは初めてで、戸惑うことも多かった。

「神宮寺」
「どうした聖川、んっ、」

いきなり手をひかれ、キスをされる。
戸惑う、というのは例えば、こんなときかもしれない。

小さくて可愛らしい聖川がもういないということは理解しているが、幼なじみで、同室であっても、見えてこなかった部分がわかる。
それが、付き合うってことだ。
自分の選択に後悔はしていないが、要するにまだ慣れない、のだ。


「ん、…は、ぁ、どうしたんだ、いきなり」


聖川のキスはいつだって唐突だ。
この前理由を聞くと、わからないと言っていた。
いきなり溢れてくるそうだ。ダムのように。…正直馬鹿か、と思った。


「すまない、神宮寺。これ…」

荒い息が耳元をくすぐる。
ぎゅっと強く抱きしめられて、熱い昂りを腰に押し付けられた。


「んっ、気にするな。俺も」


(したかった)という言葉は飲み込んでキスをねだると、そのままベッドに押し倒された。
煌々と光る照明が少し目に痛い。

「神宮寺…」

真っ直ぐな瞳に見つめられる。
瞳の奥には焦りが見えた。
いつも冷静な聖川から、これほど切迫している。
自分が原因で、だ。
神宮寺は背徳に酔いながら、もっと彼が乱れる姿が見たいと思った。

「マサト、」

名前を呼ぶと聖川は目を細め、神宮寺の首筋に顔を埋めた。
強く唇で吸われ、無意識に声が出る。
聖川の体を引き寄せ、昂りに触れた。
そっと指で撫で付けると、硬質な感触に腰が疼く。
背中を撫でていた聖川の指が、段々と下に降りていき、神宮寺の秘所に触れる。

「いいだろうか?」
「それは聞くんだな。」
神宮寺はからかうように笑った。

「?」
「いや、キスは突然なのに、それは聞くんだなと思ったんだ」
「悪いと思ってな」
「キスは悪くないのか?」
「キスも、断りを入れた方が良いか?」
「いや、いい。」


そこまで言って、神宮寺は腰を浮かせ、聖川の体に密着させる。

「キスも、これも、いい。お前の好きにしろ。」

焦れたように耳元で囁くと、聖川は安心したように微笑んだ。
ゆっくりと、人差し指を埋めていく。

「っ、」

異物感に顔をしかめると、宥めるようにキスをされた。
歯列を丁寧に舌でなぞられ、聖川らしい几帳面なキスだと思った。
どうももどかしくて、神宮寺は聖川の舌を自分のそれで絡めとる。

「んっ……」

音を立てるように強く吸い、至近距離の聖川の瞳を覗き込む。

落ち着いた深緑が今は情欲に揺らぐ。
これがあの「小さなマサト坊っちゃん」だったと思うと、気まずさは最上級だ。


「んっ、っ、ぁ」

挿入された指が、ある一点を擦ると、弾かれたように腰が跳ねる。

「ここか?」
「つぅ、ぁ…聖川…」
「マサトだ、レン」

ちゅ、と首筋にキスされ、さらに指の動きを激しくなる。
視界が生理的な涙で歪む。

聖川が背中に回していた腕を前に移動させ、既に固くなっている屹立に触れた。
後ろとは違う感覚に、神宮寺は反射で腰を引く。

「っ、め…」
「いいんだろう?少し、濡れている」

わざと音を立てるように先端を遊ばれ、神宮寺は羞恥にぎゅっと目を閉じる。
聖川の甘い吐息を頬に感じ、その視界から逃れたくて身体を密着させた。


前と後ろの攻めが激しくなり、生々しい水音が耳を支配する。
既に神宮寺の限界は近く、あと一歩のところで刺激が足りない。

「ん、ぅ、マサ…」

「どうした?レン」

「も……」

(いれてほしい)という言葉が何故か言えなくて、神宮寺は口をつぐむ。
キスも、誘惑するような言葉も言えるのに、何故だろうか。

「レン……?」

「も…」

内側から沸き上がる熱を解放したくて、神宮寺は聖川にすがるように抱きついた。

しかし聖川は指の動きは止めず、知らない振りを続ける。
耳朶に歯を立てながら、熱を孕んだ低音で囁く。

「レン、どうしたんだ?言ってみろ」
「ん、ぅ…もう…馬鹿、か…早くしろ…」

どうして焦らすような真似をするのか。
神宮寺は聖川を理解できない。
熱くて熱くて、思考力が奪われていく。
元来快楽には逆らえないものだから、このままだとまずい、と思った。
何もかもこの年下の男に暴かれてしまう。
それだけは阻止したかった。
しかし、なけなしのプライドもゆっくりと融解していく。

「レン、どうしたいんだ?言ってくれ…」

「マサト、っ…」

息荒く名前を呼んでも、聖川は許してくれない。
指の動きは止まず、猛った自身はだらしなく濡れそぼっていた。

「マサト、も、無理」
「レン、愛している…」
「ひぁっ、お前、ずる、い…」
「レン……」

片手を熱く固くなったものに導かれ、もう逆らうことは無理だった。

「早く、いれ、ろ…、馬鹿」

喘ぎ混じりに言う。
敗北感に唇を噛む。
実は、我慢勝負には勝った試しがない。


「わかった、」

聖川は、神宮寺の目尻に溜まった涙をペロリと舐めて、指を引き抜いた。
「すまない、神宮寺」

収縮を続けるそこに、ゆっくりと身を埋めていく。
初めての頃に比べたら、大分受け入れやすくなったが、指とは比べものにならない圧迫感がある。
「んっ、……ぅ」

(レン、だ。馬鹿。)とは言えなかった。
身体の充足感とは逆に、心は少しずつ冷めていく。

「レン、愛している…」
「あ、っ…」

甘い言葉と同時に、感じる箇所を激しく攻められた。
寮のベッドが、二人分の体重に悲鳴をあげる。

「感じているのだな?すごく、熱い」
「ん、ん、っあ、あ、」
大きくなる喘ぎをキスで絡めとられ、そのまま全身を抱き締められる。
深くなった結合に、全てを暴かれるような恐怖が沸いた。
逃れたくて、聖川の身体を強く引き寄せる。

「んぅ、マサ、…」
「はっ、」


聖川が小さく息を吐き、最奥を突いた。一際中が収縮をし、身体に力がこもる。

「んっ…」

気付いたら同時に達していた。頭の中はまだハレーションが起きている。気だるさと疲労に弛緩した身体を抱き締められた。


「神宮寺、すまない」
「へ……」
「出してしまった、中に」
「は…?お前、ゴムは」
「余裕がなくてな」
「馬鹿っ、お前」

確かに、中に何か流れる感覚はあったが、まさか聖川がそんな失態を犯すとは思っていなかった。
神宮寺は重い身体を起こし、急いでシャワールームへ向かう。
聖川も後から申し訳なさそうに追った。



「俺が掻き出す」
「いい。お前、本当に馬鹿だな」

シャワールームの水音のせいか、それとも情事後のせいか、神宮寺は妙に饒舌になっていた。


「すまないと言っている。許してくれないのか?」
「っ、許す許さないの問題じゃあない。それにお前、余裕がなかったって、散々焦らしてたのにおかしいだろ」
「えっ?」

聖川が神宮寺の言葉に首を傾げる。まさか、あれは無意識なのだろうか。
「焦らしただろう、散々、俺が、言わないと……」

語尾ははっきりと言えず、顔が熱くなる。
内部の白濁は既に流れているが、まだシャワーと指で中を掻き出す振りをする。
黙ってうつむいていると、聖川が後ろから抱きついてきた。

「すまない、そんなつもりはなかった。ただ、お前が痛がるから」
「痛がってない。馬鹿」
痛いはずかない。
好きなやつに抱かれているんだ。
やはり言えない言葉の代わりに悪態をつくと、聖川は少しむっとしたようだった。

「その「馬鹿」はやめてくれないか?俺の出身の関西地方ではかなり強い意味で…」

長い蘊蓄が始まりそうだったため、神宮寺は聖川の唇をキスで塞いだ。

一瞬虚を突かれた瞳はその後、安堵したように閉じられた。
長い睫が揺れる。
綺麗だ、神宮寺は思った。
END

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