2 まずは、旅の目的でもあった伊勢神宮に向かうことになった。 伊勢市駅から10分ほど、歴史の趣のある商店街を歩くと、伊勢神宮の外宮である、豊受大神宮に到着した。 シーズンオフのせいか人は疎らだ。静かで清涼な空気で周囲が満たされている。 豊受大神は、皇室の始祖である天照大神の食事を司る神だという。衣食住をはじめ、あらゆる産業の守り神だそうだ。 「つまりはここじゃなく、内宮の方が主役ってことか?」 自然溢れる境内をゆっくり見渡しながら、神宮寺は聖川に聞いてみた。 長い時間をかけて成長してきたのだろう、太くて高い木々が並ぶ様子は荘厳だ。 「主役という言い方かはわからないが、ここと、内宮が正宮だ。他にも100以上の宮社があり、それを総称して伊勢神宮と言うんだ」 「そんなにあるんじゃ、全部をまわるのは無理だな」 「ここからバスで30分ほど行ったところに、内宮がある。そちらにも行きたいんだが」 「うん、いいよ別に」 神宮寺は聖川に微笑んだ。あまり神社に興味はないが、聖川の楽しげな様子は見ていて嬉しい。 「衣食住を守る、っていうのがいいな。衣食住が満たされてれば、とりあえずは幸福だろう?」 「そうだな」 聖川の同意の声は、しみじみと、優しく響いた。神宮寺は、自身の境遇をなんとなく恨んだ経験があった。けれど、恨むことが出来た日常も実は恵まれていたことを、今なら自覚できる。 聖川に倣い、礼を二回、手を二回合わせ、目を瞑る。 何を祈ろうか。 言葉に成らないうちに、短い時間はあっという間に過ぎていた。 * 「何を願った?」 内宮に行くバスの中で、聖川に聞いた。きっとアイドルとして成功できるようにとか、ずっと一緒にいられるようにとか、お約束のことを願ったのだろうと思っていた。 「何も」 「え?」 「ただ今の幸せな時間に感謝していたら、次の瞬間には手を離し、目を開いていた。」 聖川にしては、珍しい。けれど自分と同じような感覚で手を合わせていたことを知り、神宮寺はくすぐったさを感じた。 「なあ、お前は?神宮寺」 神宮寺は答える変わりに、聖川の手に指を絡めた。 言葉にしないと伝わらないことは分かっている。 けれど、自分が照れているということは、長く一緒にいたこの男には分かるのだろう。 バスは目的地の内宮へと淡々と進んでいく。 車内の静寂な空気は温かく優しかった。 → |