depend on me


放課後部屋に戻ると、布団に横になっている聖川が目に入った。


「どうしたんだ、聖川」

いくら早寝早起きの彼でも、夕方から布団に入っているのはおかしい。神宮寺が声をかけると、彼は顔だけでこちらを振り返った。


「ああ、神宮寺。おかえり」


聖川の声はか細く掠れていた。顔は青白く、目には生気がない。


神宮寺は学生鞄を床に置き、聖川に駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」


「ああ、大丈夫」


「ひどい声だぞ」


肩を引っ張り、聖川をこちらに向かせる。額に触れると、すごく熱い。


「大丈夫じゃないだろ、これ」


「少し頭痛がしてな」


唇を尖らせ、拗ねたように言う。全く説得力がない。気丈に振る舞っているが、全身がだるそうだ。


「待ってろ、ただ寝てるだけじゃ治るものも治らない」


規則正しい生活をし、体調管理を怠らない聖川が風邪を引くなんて珍しい。


神宮寺は急いで体温計と氷枕、薬を準備する。


「ほら、脇に挟んで」


「すまない。計ろうかと思ったのだが、先に少し横になっていた」


聖川がゆっくりと体を起こし、体温計を脇に挟んだ。


「お前が風邪なんて珍しいな」


「風邪かはわからない。ただ体調が悪いだけだ」

それが風邪なんだよ、と思ったが、聖川がムッとした顔をするため黙っていた。

神宮寺は布団に入り込み、聖川に顔を近づけ額を合わせる。やっぱり熱いか?

額同士だとわからない。至近距離で怯む聖川が少し面白い。と、弱々しい腕で体を押し返された。


「なんだよ、酷いな」


普段ならこのまま口付けなんかを交わすのに、神宮寺が不満げに抗議すると、聖川は目を伏せた。

「移ると大変だろう。あんまり煽るな」


「いや、煽ってない」


熱を計ろうとしただけだ。神宮寺が続けると、ピピっと体温計が鳴った。




「聖川、大丈夫か?」


「ん、ああ…」


熱はかなり高かった。薬を飲むにしても、何か胃に入れないとと思い、神宮寺は聖川にお粥を作った。


料理なんてほとんどしたことがなかったが、消化にいいものをと考えたのだ。


時折痛々しげな咳をこぼしながら、聖川がレンゲでお粥を掬い、食べようとする。


「あつっ、」


「ああ、気をつけてな」

いつもは美しいと思う白磁の肌としなやかな手首が、今はなんだか危うげに見え、少し不安になる。


聖川からレンゲを奪い、神宮寺はふうふうとお粥を冷ました。


「ほら、ん、どうした?」

レンゲを聖川に向けると、彼はポカンとした顔を浮かべていた。


「神宮寺、お前、わざとか?」


「は?何がだよ」


「優しい」


そこまで言われ、神宮寺はハッとした。これは確かに、かなり恥ずかしいことをしたかもしれない。


「それは、当然だろう。病人には優しくするさ。他意はないから、変なことを考えるなよ」


神宮寺が早口で言うと、聖川は目を細めて笑った。


「わかっている。ただ、嬉しかったんだ。たまには風邪を引くのも悪くないな」


「馬鹿なこと言ってないで早く食べろ。ほら」


聖川の口にレンゲを押し付ける。無駄話をしたこともあり冷めていたため、今度はきちんと口に含むことが出来た。柔らかなそれを丁寧に咀嚼して、ごくりと飲み込む。


神宮寺は緊張した面持ちで聖川の様子を見守った。初めて作ったものだから、何か失敗しなかったかと不安だった。


「うん、うまいよ?ありがとう、神宮寺」


聖川がそんな神宮寺を気遣ってか、嬉しそうに次の一口を催促した。


「甘えるなよ」


「病人の特権だ」


神宮寺はほっとしつつ、自分に向かって口を開けてくる聖川に吹き出した。





深夜になると、咳がひどくなってきた。


最初は自分のベッドで寝ていた神宮寺だったが、聖川の横に移動し、彼の手を握った。


「っ、すまない、起こしてしまったか?」


「無理に話さなくていい。俺がこうしていたいんだ」


ぎゅっと聖川の手を握る。普段は握り返してくれるその指が、今は力なく震える。


不思議なものだ。神宮寺は思う。


昔、自分が風邪を引いたときは、このまま母の元に行けるならそれでもいいか、と思っていた。体が辛くても、恐怖など感じなかった。


けれど今は、自分の苦しみではないのに、怖くて怖くてたまらない。


どうか彼を連れていかないで。俺にはこいつが必要なんだ。


誰に対して、祈っているかもわからない。だのに、願わずにはいられなかった。


「神宮寺、俺は大丈夫だ」


遠退く意識の中で、聖川が強い語気でそう呟いた気がした。





朝の光が眩しくて、神宮寺は目を覚ました。


「聖川…?」


体を起こすとあちこちが痛い。昨日はあのまま寝てしまったようだ。繋がったままの手にハッとし、聖川に目をやる。と、こちらを見守る視線とかち合った。


「おはよう、神宮寺」


「っ、おはよう」


柔らかな表情に不意をつかれ、羞恥にうつむく。まだ声は掠れているが、熱も下がり、体調もよくなったと聖川が笑った。

「ありがとな、神宮寺。心配してくれて」


「っ……、心配なんか…」


していない、とは言えなかった。昨晩の自分を省みて、消えたくなる。たかが風邪に、どうしてこんなに心配したんだか。

聖川が腕を引っ張り、神宮寺の体を抱き寄せた。至近距離に、キスするのかと聖川を凝視する。


と、神宮寺の唇に人差し指が押し付けられた。


「移るからな。まだ我慢する」


「ふっ……、聖川らしいな」


笑ってしまう。と、同時に、期待した自分の恥ずかしさとバツの悪さに、神宮寺は半ば無理やりにその唇に噛みつくのだった。


END




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