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「じゃあまたね」

音也は曖昧な笑顔で手を振り、校舎へと走っていった。

小さくなる音也の背中を見つめながら、トキヤはある決意をしていた。





「ただいまー」


授業が終わり、音也が自室に戻ってきた。椅子に座り本を読んでいたトキヤが目を向けると、元気になったみたいだね、と優しく微笑む。

トキヤは決意していた。音也に、自身の秘密を話そう、と。

どう思われるかは、わからない。それが怖い。けれど、音也はきっと、何でもないことのように、笑ってくれるような気がした。


音也は制服の上着を脱いで、トキヤの横に座る。トキヤがごくりと唾を飲み込み、口を開こうとしたその時だった。


「トキヤ、俺考えたんだけど、いいよ。」


音也がトキヤに横顔を向けたまま、呟く。


「え……」


拍子抜けした声を上げると、音也は照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。


「教えてくれなくていいよ。だけど、無理はしないでほしいんだ。昨日とか、今日も、俺あんなに取り乱しちゃって。ごめんね」


音也の声は不安げに揺れていたが、表情は固く、意志に揺らぎはなかった。

全てを音也に打ち明けようと、一歩踏み出そうとした矢先の出来事に、トキヤは戸惑う。むしろ段々と腹が立ってくる。


音也が踏み込んできた癖に、無理やりに開こうとした癖に、今さら引き下がるのか。


隠していたのはこちらなのだから、身勝手さは自覚していた。しかしトキヤは、沸き上がる苛立ちをコントロールすることが出来なかった。


「こちらを向きなさい」

「えっ」


横顔を向けたままの音也の顎を掴み、こちらを向かせる。強引な行為に音也は目を見開いた。


「トキヤ、どうしたの?」

「私の顔を見ても、同じことが言えますか?」


「言えるよ」


音也がへらっと笑った。トキヤの刺すような視線も、あまり気に止めていない様子だ。きっと、この少年は自分以上にかわすことがうまい。相手も、自分自身の感情についても。


「待っててくれるんじゃなかったんですか。こんな感情は初めてだと言っていたのに、その程度だったのですか」

「違うよ!」

音也を責めるような言葉を紡ぐと、彼は否定の言葉を叫んだ。

「トキヤは優しいから。待っていたら、気にして、言えないことに苦しむと思ったんだ。だから……」


涙をこらえるように目を細める音也に、トキヤははっとする。


「何を馬鹿なことを言っているんです。私は、優しい人間ではありません。」


自分の感情を優先させ、周囲に迷惑をかけるような人間なのに。音也の方が、何倍も何十倍も優しいのに。


「トキヤは優しいよ。」

「音也」


「そうやって、名前で呼んでくれる。初めて会った時に、俺が名前で呼んでって言ったの、守ってくれてる。トキヤは優しいんだよ」


音也がはにかみ、トキヤの指を手で掴み、ゆっくりと離れる。


「だから、俺はトキヤの迷惑にはなりたくないの」


「音也、私は」

離れていく音也に、寂しさともどかしさを感じた。繋ぎ止めておけるなら、自分の全てをさらけ出しても、音也のいう迷惑というものを感じても、構わないと思ってしまう。

キスをしたい。


沸き上がる衝動に、トキヤは音也の腕を引き抱き締めていた。


「トキヤ!?」


密着した体から音也の戸惑いが伝わる。大きな抵抗がないのを良いことに、トキヤは静かに続けた。


「聞いてもらえますか?音也……」


あなたに聞いてほしい。
トキヤは自身の秘密と、今自分が学園にいる理由を、努めて淡々と説明した。


腕の中にいる音也は、真剣な表情で聞いてくれる。

優しい相槌にトキヤは初めて、自分は誰かに現状を肯定されたかったのだと自覚した。


全てを話したその後に、音也はなんて返すだろう。


腕の中の音也が時折見せる蠱惑的な笑みに、トキヤの不安は和らいでいくのだった。



……end……




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