5 どうして自分はみんなと違うんだろう。そう何度も思った。 物心ついた時から母さんはいなく、伯母さんに育てられた。伯母さんも早くに亡くなって、それからは施設で育った。 自分の境遇を、憎んではいけない。他人を羨んではいけない。 音也が泣くと、いつもそう諭された。 だから音也はいつも笑顔でいよう、と思った。みんなも笑ってくれるから。周りの人に、幸せを与えたいから。 でも本当は、自分の激しい感情から、目を逸らすためだったんだ。 * 「38度4分……。」 寮長さんに頼んで、氷枕と薬、体温計を用意してもらった。 高い温度を示したそれを、音也は恨めしげに読み上げる。 「トキヤ、無理しすぎだよ」 「寝てれば、治ります。オトヤももう寝なさい。明日遅刻しますよ」 「もーちょっと待って。トキヤもつらいだろうけど、俺の気が済まないから!」 音也が頬を膨らませながら言うと、氷枕を敷いてあお向けに寝ていたトキヤが、少し驚いて体を起こそうとした。 「あ、そのまま寝てていいよ。」 音也が言うと、トキヤはそのまま再び体を倒す。 「すみません…。珍しいですね。あなたが怒るなんて」 「そうかな?俺、けっこう子供っぽいよ?」 トキヤのかすれ声が痛々しくて、でも色っぽくて、音也はドキドキした。 「それは否定しませんが、本気になって怒ることは見たことがありませんでした」 「あ、本気だってわかる?」 「はい。ずっと一緒にいるのだから、わかります。」 そんなにいないと思うけど…と思いながら、音也は本題に入ろうと真剣な表情を向けた。 「じゃあ、今度ははぐらかさないで教えて」 トキヤの眉がピクリと動く。きっと気付いているんだろう。 「トキヤ、バイトって何をしてるの?」 「言えません」 即答され、音也は肩を落とす。腹の底に沈む、黒く淀んだ感情が重みを増した。 「どうして?」 「私の問題だからです。……オトヤ?」 音也の普段と違う表情に、トキヤは目を見開いた。 音也はそんなトキヤの表情も気にならない程に、沸き上がる感情を抑えることに必死だった。 「なんでだよ!」 モヤモヤと胸にせり上がる違和感に、音也は自分が座っていた椅子を叩き、叫んだ。 「オト、ヤ…?」 尋常じゃない様子に、トキヤがハッと起き上がる。 熱があるのに、辛いだろうに、音也はそれを思いやることが出来ない。 それくらい、動転していた。 「トキヤ……」 音也がトキヤのベッドに身を乗り出した。二人分の重みにベッドが軋む。 無表情で近づいてくる音也に恐怖を感じ、トキヤは顔を歪ませる。 「オトヤ、落ち着いてください」 「教えて、トキヤ…」 音也がゆっくりと近付き、トキヤの頬に触れた。ひく、っとトキヤの喉がなる。 おかしい。 頭の片隅で、疑問が浮かぶ。 いつもの自分が、どこかへ行ってしまった。 明るくて優しくて、笑顔で元気な自分。素直で真っ直ぐで、誰とでも仲良くできる一十木音也。 「トキヤ……だめ?」 音也は首を傾げ、頬に爪を立てようとした。瞬間、トキヤが手首を掴み制止する。熱があるにも関わらず、驚くほど力強かった。 「落ち着いてください、オトヤ」 「え……」 気がつくと、トキヤに体を抱きしめられていた。 「なに?トキヤ?」 トクン、互いの心音が響く。触れた箇所から、段々と冷静になっていく。 「すみません、オトヤ。もう少し、待ってください。もう少し……」 トキヤの声が切なく響いた。音也はうん、と頷いた。 「トキヤ、熱いね」 ぎゅっと、音也はトキヤを抱き返した。 「熱がありますから。」 トキヤが笑う。耳元で囁く声に、背筋がゾクリと粟立った。 「俺、待ってる。トキヤが話してくれるの。」 「はい。すみません…」 トキヤは申し訳なさそうに、言った。 音也はさっきの自分の行動を振り返る。 無理やりに、聞き出そうとした。 自らの衝動に驚き、恐怖を感じた トキヤが止めてくれて、良かった。 トキヤが、いつもの自分を取り戻してくれた。 「トキヤ……ごめんね」 悪戯がバレた子供のように小さく言うと、背中をぽん、と叩かれた。 「もう寝ましょう」 優しい囁きと共に離れていく熱に、音也は名残惜しさを感じた。 その時初めて、音也は自分が寂しかったのだと自覚した。 →赤の誘惑 |