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どうして自分はみんなと違うんだろう。そう何度も思った。

物心ついた時から母さんはいなく、伯母さんに育てられた。伯母さんも早くに亡くなって、それからは施設で育った。


自分の境遇を、憎んではいけない。他人を羨んではいけない。

音也が泣くと、いつもそう諭された。


だから音也はいつも笑顔でいよう、と思った。みんなも笑ってくれるから。周りの人に、幸せを与えたいから。


でも本当は、自分の激しい感情から、目を逸らすためだったんだ。





「38度4分……。」


寮長さんに頼んで、氷枕と薬、体温計を用意してもらった。


高い温度を示したそれを、音也は恨めしげに読み上げる。


「トキヤ、無理しすぎだよ」


「寝てれば、治ります。オトヤももう寝なさい。明日遅刻しますよ」


「もーちょっと待って。トキヤもつらいだろうけど、俺の気が済まないから!」


音也が頬を膨らませながら言うと、氷枕を敷いてあお向けに寝ていたトキヤが、少し驚いて体を起こそうとした。

「あ、そのまま寝てていいよ。」

音也が言うと、トキヤはそのまま再び体を倒す。

「すみません…。珍しいですね。あなたが怒るなんて」


「そうかな?俺、けっこう子供っぽいよ?」


トキヤのかすれ声が痛々しくて、でも色っぽくて、音也はドキドキした。

「それは否定しませんが、本気になって怒ることは見たことがありませんでした」


「あ、本気だってわかる?」


「はい。ずっと一緒にいるのだから、わかります。」


そんなにいないと思うけど…と思いながら、音也は本題に入ろうと真剣な表情を向けた。


「じゃあ、今度ははぐらかさないで教えて」


トキヤの眉がピクリと動く。きっと気付いているんだろう。


「トキヤ、バイトって何をしてるの?」


「言えません」


即答され、音也は肩を落とす。腹の底に沈む、黒く淀んだ感情が重みを増した。


「どうして?」


「私の問題だからです。……オトヤ?」


音也の普段と違う表情に、トキヤは目を見開いた。

音也はそんなトキヤの表情も気にならない程に、沸き上がる感情を抑えることに必死だった。


「なんでだよ!」


モヤモヤと胸にせり上がる違和感に、音也は自分が座っていた椅子を叩き、叫んだ。


「オト、ヤ…?」


尋常じゃない様子に、トキヤがハッと起き上がる。


熱があるのに、辛いだろうに、音也はそれを思いやることが出来ない。

それくらい、動転していた。


「トキヤ……」


音也がトキヤのベッドに身を乗り出した。二人分の重みにベッドが軋む。

無表情で近づいてくる音也に恐怖を感じ、トキヤは顔を歪ませる。


「オトヤ、落ち着いてください」


「教えて、トキヤ…」


音也がゆっくりと近付き、トキヤの頬に触れた。ひく、っとトキヤの喉がなる。


おかしい。
頭の片隅で、疑問が浮かぶ。

いつもの自分が、どこかへ行ってしまった。

明るくて優しくて、笑顔で元気な自分。素直で真っ直ぐで、誰とでも仲良くできる一十木音也。


「トキヤ……だめ?」


音也は首を傾げ、頬に爪を立てようとした。瞬間、トキヤが手首を掴み制止する。熱があるにも関わらず、驚くほど力強かった。


「落ち着いてください、オトヤ」


「え……」


気がつくと、トキヤに体を抱きしめられていた。

「なに?トキヤ?」


トクン、互いの心音が響く。触れた箇所から、段々と冷静になっていく。

「すみません、オトヤ。もう少し、待ってください。もう少し……」


トキヤの声が切なく響いた。音也はうん、と頷いた。


「トキヤ、熱いね」


ぎゅっと、音也はトキヤを抱き返した。


「熱がありますから。」

トキヤが笑う。耳元で囁く声に、背筋がゾクリと粟立った。


「俺、待ってる。トキヤが話してくれるの。」


「はい。すみません…」

トキヤは申し訳なさそうに、言った。

音也はさっきの自分の行動を振り返る。


無理やりに、聞き出そうとした。
自らの衝動に驚き、恐怖を感じた
トキヤが止めてくれて、良かった。
トキヤが、いつもの自分を取り戻してくれた。


「トキヤ……ごめんね」

悪戯がバレた子供のように小さく言うと、背中をぽん、と叩かれた。


「もう寝ましょう」

優しい囁きと共に離れていく熱に、音也は名残惜しさを感じた。


その時初めて、音也は自分が寂しかったのだと自覚した。


→赤の誘惑



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