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その歌声を聞いたとき、経験したことのない感覚が沸き上がった。





同室のトキヤは、帰宅が遅い。

音也も授業が終わった後は、サッカーなどをして遊んで帰るが、トキヤがそれよりも早いことはなかった。


校舎に残っている様子もないし、一体何をしているんだろう。


今日はトキヤが帰ってくるまで待っていて、直接聞いてみよう、と思った。


音也はトキヤを待つ間、勉強机で作詞の課題に取りかかった。





「〜、……」


甘いテノールの声が、音也の耳に微かに届く。


「ん……」


優しい歌に、音也の意識はゆっくりと覚醒した。どうやら課題をしながら眠ってしまったようだ。


「〜、〜……」


今度はしっかりと、歌が聞こえた。歌詞はなく、メロディだけを口ずさんでいる。


軽やかに、時々しっとりと、何げなく歌っているようで、正確で印象的なメロディ。

トキヤだ。


音也はハッとした。普段の低く、何かを圧し殺したような声とは違う。伸びやかで気持ち良さそうに声が踊る。


普段だったら、誰かが歌うと、一緒に歌いたくなった。リズムとメロディがピッタリ合うと、心まで重なったようで嬉しくなった。


けれど、音也はトキヤのメロディに圧倒されて、一緒に口ずさむことが出来なかった。


トキヤの歌には色々な感情が詰まっていた。軽やかな中に歌が好きな気持ちが、しっとりとした中に何かに焦がれる切ない気持ちが、正確なメロディにはストイックさを求める強さが。……その深淵に音也が合わせられるはずかなかった。


胸が苦しくなる。この感情はなんなのだろう。


嫉妬?羨望?敗北感?


平和主義の音也にとって、特定の人間に対して、こんなに激しい感情を抱いたことはなかった。


音也は眠った振りを続けながら、耳を押さえた。

聞きたくない。


それは、負けたくない、と同義の感情だった。彼の歌に心を揺さぶられた事実を認めることが嫌だった。


音也は逃げるように、再び意識を手放した。







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