1 小さい時から、俺が笑うとみんな優しくしてくれた。だから、こんな風に手も足も出ない感覚は生まれて初めてだ。 * 今日はアイドル育成専門学校である早乙女学園の入学式だ。 小さい頃から歌うことが大好きで、どんなに辛いことがあっても歌うと笑顔になれた。 だから、自分が歌うことで、他のみんなのことも笑顔に、幸せにしたい。 そんな思いを持って、音也はアイドルを目指すことにした。 これからどんなことを学べるんだろう。 どんな出会いがあるだろう。 期待に胸を弾ませながら、音也は学園の中へ歩みを進めた。 学園指定の寮に案内され、荷物を解いていると、ゆっくりと部屋の扉が開いた。 色白の少年が鋭い目で部屋の周りを見渡し、最後に音也の方を見た。 「俺、一十木音也!今日からよろしくね!」 「……一ノ瀬トキヤです。よろしくお願いします」 立ち上がり、音也が握手を求めると、トキヤは仏頂面のまま、小さく会釈をするだけだった。 音也は予想外の態度に気の抜けた表情を浮かべてしまう。トキヤはその横をするり通り抜け、淡々と荷ほどきを始めた。音也は行き場のなくした手のひらで頭を掻いた。 どこから来たの? どうしてこの学園に入ったの? どんな音楽が好き? どんな楽器が好き? 色々な質問をしたかったけど、出鼻を挫かれてしまった。 音也は、誰とでも仲良く出来る性格だから、当然寮の同室の人間とも仲良く出来る自信があった。 チラリとトキヤに目をやると、ぶつぶつと何かを呟きながら、段ボールから荷物を取り出している。 綺麗で、人形のような顔立ちをしている。真面目そうで、近寄りがたい雰囲気だ。 でも、悪い人じゃなさそう。 音也はトキヤの横に座り、思案顔を覗き込んだ。 「トーキヤ!手伝おうか。」 「!一十木さん」 トキヤは目を見開き、音也を見る。 その表情は年相応にも見えた。 「結構です。あなたもまだ残ってるんじゃないですか」 「そうなんだけど…ちょっと飽きちゃったから。あ!音也って呼んで欲しい。ダメかな?」 「構いませんが……」 トキヤは困ったように眉を寄せる。 えーと、これはオッケーってことかな? 音也は満面の笑みを浮かべ、トキヤの手をぎゅっと掴む。 「やったあ!呼んでみて!」 「!……オトヤ。邪魔です。」 「えっ!ひどい!」 「オリエンテーションが午後からあるでしょう。それまでに終わらせたいんです」 「はーい。」 音也は渋々トキヤの手を開放する。 名前も呼んでくれたし、色々な表情も見れた。やっぱり、悪い人じゃなさそうだ。 音也はホッと胸を撫で下ろし、自分の荷ほどきを再開した。 → |