7 家族和やかに談笑していると、父が小さく咳払いをした。 「真斗」 「はい」 名前を呼ばれ、聖川は神妙に返事をした。初老の父は、堂々とした態度を崩さず続ける。 10代の頃は、その存在が大きすぎて、恐れすら抱いていた。 しかし今は、緊張もあるが親愛の情が勝る。 「お前は、結婚しないのか。相手はいないのか。」 父の質問に、聖川は押し黙った。 考えてみれば、想定できる質問だった。 神宮寺は人の気持ちに聡いから、こうなることがわかっていたのだろう。 「お兄ちゃんはアイドルだもの。まだ先よね」 返答に窮した聖川に、妹が助け船を出す。 「そうは言っても、いつまでも若さを売りには出来んだろう」 「私も気になるわ。どうなの、真斗」 母もおっとりと、しかし有無を言わせぬ雰囲気で聞いてくる。 両親の追及に、聖川はもう避けられないと悟る。 崩していた足を正座の形にした。 「真斗?」 「父上、母上、申し訳ありません」 聖川は深々と体を倒し、土下座をした。 母は驚いた声を上げたが、父は落ち着いた声音で聖川に問いかけた。 「どういうことだ」 「ずっと大切な人はいます。しかし、結婚は出来ません」 頭を下げたまま、聖川は正直に告白した。 自分がアイドルであること。 自分と神宮寺が男同士であること。 子供を産めないこと。 聖川は初めて、神宮寺と付き合っていくことに必要な覚悟を知った。 「説明になっていないぞ、真斗」 父が落ち着いた声を投げ掛けた。 「顔を上げなさい」 母に言われるがまま、顔を上げる。 「アイドルだからなの?」 「それもあります。しかし、それだけではありません。」 辺りに沈黙が走る。聖川は追及される前に先手を打った。 「これ以上は、相手の迷惑にもなるため言えません。しかし、俺は一生結婚する気はありませんし、子供を作る気もありません。妹の子供を、可愛がってやってください。」 家族の呆然とした表情に決まりが悪くなり、聖川はもう一度頭を下げた。 『俺は子供を産めない』 神宮寺の言葉が再び、頭を過った。 悲痛な声の裏に潜む葛藤と深い思いやりが、今なら理解できる。 認められたい。 聖川は確かにそう思っていた。けれどそれは、結婚をして子供を作り、両親にも社会的にも認められたいという意味ではなかった。 結婚や子供は妹のことで、自分とは切り離していた。 親や社会に対する承認欲求は、自分の夢を貫いたことによる罪悪感から来るものだった。 (俺は、自分の罪悪感から逃れたいがために、神宮寺を知らないうちに傷付けていた。) すまなかった。神宮寺。違うんだ。 俺は、お前が思っているより、ずっと子供だった。 これからはちゃんと考える。お前と一生生きていくという、その意味を。 また不用意な言葉で傷つけるかもしれない。お前は俺と一緒にいて、幸せではないかもしれない。 けれど俺はお前が一緒じゃないと、もう嫌なんだ。 「本当に申し訳ありません……」 幼い頃から、厳格に育てられたが、自分を律して努力してきたつもりだ。 けれど聖川は、親や周囲の本当の期待には答えることが出来なかった。 愛情を持って育ててくれたのに、その恩を返すことが出来ない。 罪悪感に押しつぶされそうになる。 それでももう、聖川は神宮寺以外を選ぶことは出来なかった。 「何か事情があるようだな」 父が言葉を噛みしめるように呟いた。 「真斗、顔を上げなさい」 母が優しく諭すような声で続けた。 「あなたの考えも、お相手の考えもあるでしょうけど、いつかは会わせてくださいね」 「しかし……認められるような関係ではありません」 聖川ははっと顔を上げ、返答する。と、母は語気を強めた。 「認める、認めないじゃないの。親はね、自分か育てた子供が愛した相手を見てみたいものなのよ。それは、手を離れた自分の子供の人生に、少しでも関わっていたいから。」 母の言葉に聖川は救われた気がした。 病弱であまり前に出る性格ではなかったが、はっきりと叱るときは叱る母であったと、聖川は思い出す。 「お前はアイドルになったことに、どこか負い目を感じているようだが、それは傲慢というものだ。お前が財閥を継がなかったところで、崩れるような脆い家ではない。」 「お父さんは素直じゃないんだから。いつもお兄ちゃんの番組を録画していて、見る度にべた褒めしてるのよ」 父、妹の言葉に、聖川は感極まり、涙が出そうになった。 自分はどれ程恵まれた人間なのだろうか。 神宮寺は両親がいない。だからこそ、聖川を気遣い、拒絶する言葉が出たのだと思う。 そんな神宮寺に対して覚悟を証明するために、聖川は額を床につけた。家族との決別を決意していた。 けれどまだ、家族はそんな自分を受け入れてくれるという。温かく、一歩離れた距離感で。それはとても幸福なことだった。 一人、部屋にいるだろう神宮寺の顔を思い浮かべる。 すまない、神宮寺。 俺は、お前を愛している。けれど。 「……ありがとうございます。」 聖川は家族に深々と頭を下げた。周囲の張り詰めた空気が少し和らいだ。 俺はお前だけを選び、他を捨てることはできない。 そのためなら、罪悪感と向き合って生きていっても構わない。 不安のまま固めた決意を、神宮寺はどんな風に受け止めてくれるだろうかと考える。 聖川は神宮寺と過ごした時間を巡らせながら、ある確信をしていた。 → |