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家族和やかに談笑していると、父が小さく咳払いをした。


「真斗」


「はい」


名前を呼ばれ、聖川は神妙に返事をした。初老の父は、堂々とした態度を崩さず続ける。

10代の頃は、その存在が大きすぎて、恐れすら抱いていた。
しかし今は、緊張もあるが親愛の情が勝る。


「お前は、結婚しないのか。相手はいないのか。」

父の質問に、聖川は押し黙った。
考えてみれば、想定できる質問だった。

神宮寺は人の気持ちに聡いから、こうなることがわかっていたのだろう。


「お兄ちゃんはアイドルだもの。まだ先よね」

返答に窮した聖川に、妹が助け船を出す。


「そうは言っても、いつまでも若さを売りには出来んだろう」


「私も気になるわ。どうなの、真斗」


母もおっとりと、しかし有無を言わせぬ雰囲気で聞いてくる。

両親の追及に、聖川はもう避けられないと悟る。


崩していた足を正座の形にした。


「真斗?」


「父上、母上、申し訳ありません」


聖川は深々と体を倒し、土下座をした。

母は驚いた声を上げたが、父は落ち着いた声音で聖川に問いかけた。


「どういうことだ」
「ずっと大切な人はいます。しかし、結婚は出来ません」


頭を下げたまま、聖川は正直に告白した。

自分がアイドルであること。


自分と神宮寺が男同士であること。


子供を産めないこと。


聖川は初めて、神宮寺と付き合っていくことに必要な覚悟を知った。


「説明になっていないぞ、真斗」

父が落ち着いた声を投げ掛けた。


「顔を上げなさい」

母に言われるがまま、顔を上げる。


「アイドルだからなの?」


「それもあります。しかし、それだけではありません。」


辺りに沈黙が走る。聖川は追及される前に先手を打った。


「これ以上は、相手の迷惑にもなるため言えません。しかし、俺は一生結婚する気はありませんし、子供を作る気もありません。妹の子供を、可愛がってやってください。」


家族の呆然とした表情に決まりが悪くなり、聖川はもう一度頭を下げた。

『俺は子供を産めない』

神宮寺の言葉が再び、頭を過った。
悲痛な声の裏に潜む葛藤と深い思いやりが、今なら理解できる。


認められたい。

聖川は確かにそう思っていた。けれどそれは、結婚をして子供を作り、両親にも社会的にも認められたいという意味ではなかった。

結婚や子供は妹のことで、自分とは切り離していた。

親や社会に対する承認欲求は、自分の夢を貫いたことによる罪悪感から来るものだった。

(俺は、自分の罪悪感から逃れたいがために、神宮寺を知らないうちに傷付けていた。)


すまなかった。神宮寺。違うんだ。


俺は、お前が思っているより、ずっと子供だった。

これからはちゃんと考える。お前と一生生きていくという、その意味を。

また不用意な言葉で傷つけるかもしれない。お前は俺と一緒にいて、幸せではないかもしれない。

けれど俺はお前が一緒じゃないと、もう嫌なんだ。


「本当に申し訳ありません……」


幼い頃から、厳格に育てられたが、自分を律して努力してきたつもりだ。
けれど聖川は、親や周囲の本当の期待には答えることが出来なかった。

愛情を持って育ててくれたのに、その恩を返すことが出来ない。


罪悪感に押しつぶされそうになる。


それでももう、聖川は神宮寺以外を選ぶことは出来なかった。



「何か事情があるようだな」


父が言葉を噛みしめるように呟いた。


「真斗、顔を上げなさい」


母が優しく諭すような声で続けた。

「あなたの考えも、お相手の考えもあるでしょうけど、いつかは会わせてくださいね」


「しかし……認められるような関係ではありません」


聖川ははっと顔を上げ、返答する。と、母は語気を強めた。


「認める、認めないじゃないの。親はね、自分か育てた子供が愛した相手を見てみたいものなのよ。それは、手を離れた自分の子供の人生に、少しでも関わっていたいから。」


母の言葉に聖川は救われた気がした。

病弱であまり前に出る性格ではなかったが、はっきりと叱るときは叱る母であったと、聖川は思い出す。


「お前はアイドルになったことに、どこか負い目を感じているようだが、それは傲慢というものだ。お前が財閥を継がなかったところで、崩れるような脆い家ではない。」

「お父さんは素直じゃないんだから。いつもお兄ちゃんの番組を録画していて、見る度にべた褒めしてるのよ」


父、妹の言葉に、聖川は感極まり、涙が出そうになった。
自分はどれ程恵まれた人間なのだろうか。

神宮寺は両親がいない。だからこそ、聖川を気遣い、拒絶する言葉が出たのだと思う。


そんな神宮寺に対して覚悟を証明するために、聖川は額を床につけた。家族との決別を決意していた。


けれどまだ、家族はそんな自分を受け入れてくれるという。温かく、一歩離れた距離感で。それはとても幸福なことだった。


一人、部屋にいるだろう神宮寺の顔を思い浮かべる。

すまない、神宮寺。
俺は、お前を愛している。けれど。


「……ありがとうございます。」


聖川は家族に深々と頭を下げた。周囲の張り詰めた空気が少し和らいだ。


俺はお前だけを選び、他を捨てることはできない。


そのためなら、罪悪感と向き合って生きていっても構わない。

不安のまま固めた決意を、神宮寺はどんな風に受け止めてくれるだろうかと考える。


聖川は神宮寺と過ごした時間を巡らせながら、ある確信をしていた。







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