5
『あ、お兄ちゃん?ごめんなさい、夜遅くに』

電話越しの妹の声はいつもより早口で、嬉しそうだった。


「いや。どうしたんだ?」

『お兄ちゃんにも早く伝えたくて!私、妊娠したんだ!』


「本当に!」


妹の報告に、聖川は驚いた。妊娠。赤ちゃん。まだよく実感は沸かないが、非常におめでたいことだ。


『そうなの!まだ安定期ではないんだけどね。』

「おめでとう。身体、大事にするんだぞ」


『うん。お兄ちゃんありがとう!』


夜も遅いからという理由で、妹からの電話は切られた。まだ先のことだが、何かお祝いを送らなくれば。聖川は自身の気分が高揚することを自覚した。


「なんだったんだ?」


「ああ、妹が妊娠したそうだ」


神宮寺に言うと、彼も目を見開き驚いた。


「それはめでたいな」


「ああ。そうだ神宮寺」

「ん?」


「まだ先のことだが、生まれたら一緒に会いに行かないか?」


妹とその子供に。妹と神宮寺は何回か会っているし、聖川は何気なく誘いの言葉を発した。

この前結婚式のために実家の京都に行ったときは、仕事もあったためあまりゆっくり出来なかったし。旅行がてらどうかと誘うと、彼の表情がみるみるうちに無表情へと変わっていった。


「神宮寺?」

「ありがとう、だが、俺は遠慮しておく」


言葉は柔らかいが、声音は強い拒絶を含んでいた。


「なぜ?妹も喜ぶと思う」

聖川が問うと、神宮寺はため息を吐いた。


「お前だから、はっきり言わないとわからないんだろうな。」

神宮寺の諦めたような呟きに、聖川の胸は締め付けられた。


「…嫌なのか?」


「ああ、嫌だ。」


「何故」


「……子供は嫌いなんだ」


「……」


冷たい表情で髪をかきあげる神宮寺に、嘘だな、と感じた。もしかしたら今の答えも、理由の一つかもしれない。けれど、神宮寺の中にはもっと重要な拒絶の理由が存在しているように思えてならなかった。


「神宮寺、はっきり言ってくれ。俺は言わなきゃわからないんだろう?」


「……」


「神宮寺?」


普段であったら、言い方は悪いがこのように下手に出れば心を開いてくれたが、今回の神宮寺は頑なだった。手を伸ばし、触れることすら憚れる。うまくパズルのピースがはまらないような、もどかしさが生まれた。


「神宮寺」


「言ったって、どうしようもないことはあるだろう」


「……けれど、互いを知ることは出来る」


「お前はきっと、欠片も思っていないことだ、それが悔しくてたまらない」


「すまない」


「わかっていないのに謝るな」


「すまない、ヒントをくれないか?」


聖川は努めて慎重に神宮寺にかたりかける。一歩間違えれば二人の築いた関係が崩れ落ちてしまいそうな危機感があった。

神宮寺は聖川に背中を向けうつ伏せに寝転がった。


「じゃあ、俺はお前のなんだ?」


「恋人だろう」


聖川が即答すると、神宮寺は乾いた笑いをこぼした。


「お前の可愛い妹君にとっての俺は?」


「……同僚か、友人かな」


聖川が答える。意図がわからなかった。神宮寺は、妹に俺たちの関係を話せるかと聞いているのか?

聖川は、神宮寺が望むのなら、そうしても構わなかった。なんなら、両親にでも、祖父母にも。自分はもう聖川の家を勘当覚悟で出ていたし、今更どう思われても構わない。


しかし、一方で振り替える。妹の結婚式に行った後、自分はどのように感じたか。
自分の意思や決断は重要だ。しかし、それが自分の大切な人間に歓迎されるものではなかったら、幸せとは言えないのではないか。


「ちょうどさっき、お前に言おうと思ってたんだ」


神宮寺がぼそぼそと聖川に告げた。


「お前、周囲に祝福される関係が幸せだと言っていたな」


「神宮寺」


「俺はそんなのどうでもいい。考えると懇意にしてる血縁もいないし。だから、」


聖川が息を呑む。神宮寺の首筋を呆然と見つめることしか出来ない。


「それが嫌なら、もう終わりにしよう」


神宮寺のこの声音はなんだろう。


ひどい拒絶の声なのに、こちらは激昂すべきなのに、全力で否定したいのに。


聖川は声を出せなかった。


諦念と、情と、身に詰まるような優しさが、その声に内包されていたからだ。







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