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母は体が弱かったため、妹の面倒を見ることが多かった。

手料理をふるまったり、勉強を教えたり、妹もよくなついていた。高校からアイドルの専門学校に行ってからは、離ればなれになってしまったが、欠かさず手紙のやり取りをしていた。

そんな、我が子のように可愛がっていた妹が結婚したのだ。ナーバスにもなるだろう。


「神宮寺は、兄上が結婚したときはどう感じたのだ」


自分から沸き上がる感情が正常なものなのか不安で、聖川は問いかけた。

神宮寺はテーブルに一杯の水を置き、聖川の隣に腰を下ろす。


「俺は特に何とも思わなかったなあ。まあ、それほど仲良くないし、同性だからな」


「そうか…」


聖川はコップの水を一口飲んで、頷いた。アルコール漬けの体にじわりと沁みる。


「まあ、あれだ、さすが俺の妹だったな。とても美しかった」


「ぷっ、ああ、そうだな」


チャペル式の結婚式で、親族やごく親しい仲だけのアットホームな式であった。昔気質で厳しい父も、妹の晴れ姿には感慨を感じたようで、とても幸福そうだった。和やかで、よい挙式だったと言えよう。



「聖川、お前はもう寝ろ。かなり酔ってるだろう」


「ん。ああ。なあ、神宮寺」



「ん?」



「やはり、皆に祝福されての結婚というのは、よいものだな」


招待客に囲まれ、真ん中で幸福に笑う新郎と新婦の姿を脳裏に浮かべ、聖川は呟いた。


聖川は、あの父が、涙を浮かべながらも微笑んでいたことが衝撃であった。


財閥の長子であるにも関わらず、責任を放棄しアイドルへの道を選択したことに、後悔はない。


しかし、父を落胆させてしまったことは、今でも申し訳ないと考えていた。


もちろん、誰もに望まれるように生きることは難しいけれど。


望まれたことを果たすことで、認められたという感覚が生まれる気がした。


アイドルを続けて10年になるが、いまだにそうした承認欲求が満たされたことがない。

売上やファンの声などはもちろん達成感に繋がるが、自分かやっていることが正解なのかどうかは、誰も教えてくれない。

アイドルになってからそれはずっと変わらず、閉塞感のようなものが常に身体を纏っている。


きっと、働くというのはそういうことなのだろう。



「やはり、祝福されることで、幸福になるというのはあるのだろう。」


父の思いを捨て、自分の道を選んだことは、間違っていたとは思わない。
しかし、あの頃はあり得ないと感じていた道を、もし歩んでいたとしても、それはそれで幸福だったのではないか、と考える。


今だって、幸福ではあるのだけれど。

とりとめのなく浮かぶ感情を受け止めて欲しくて、聖川が隣の神宮寺に目をやると、彼は複雑そうな表情を浮かべていた。その意味が掴めず、どうかしたのか、と聞こうとすると、神宮寺は席を立ってしまった。


「シャワー浴びてくる」


「俺も一緒に」


「だめ。ちゃんと酔いが醒めてからにしろ」



厳しく言われ、黙って頷くしかない。ちょうど、意識を保つのも限界だったのだ。


神宮寺がリビングのドアを閉める音が遠くで聞こえていた。







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