9 電車から降りてすぐ、聖川は神宮寺の腕を掴んだ。神宮寺は反射的にそれを振り払う。 「っ、なんだよ」 「部屋で話したいことがある。行こう」 聖川は無理やり神宮寺の手を引き、速足で歩きだした。 周囲の人が気付く度に、不思議そうに振り返るため、神宮寺は恥ずかしさに俯いた。 けれど、不思議と怒りは沸かなかった。 神宮寺を掴む聖川の指は、力強いけれど、どこか優しい。 ちらりと背中に目をやると、いつも真っ直ぐな背筋が前のめりだ。 彼は話したいことがあると言った。 期待してもいいのか。 それとも、別れ話だろうか。 何度何度も、勝手に勘違いして、分かったときは恥ずかしさに落ち込んだけど。 もう一度、期待していいのだろうか。 神宮寺は前をいく聖川の背中をじっと見つめていた。 * 「もう一度言う。俺は、お前のことが好きだ」 部屋に戻ると聖川は息も切れ切れに告げる。 「言いたかったのはそれか」 「そうだ。でもそれだけじゃない。」 神宮寺は自室のベッドに座る。聖川も続いてその横に腰を下ろした。 「なんだよ」 「神宮寺、お前はどうなんだ」 「え?」 聖川の問いに神宮寺は間抜けな声を出した。聖川は構わず神宮寺に詰め寄る。 「お前は俺のことをどう思っているんだ。俺は、お前の考えがわからない」 「どうって…」 至近距離で見つめられて、たじろぐ。 聖川もそんな風に考えていたなんて、驚きだった。 「好きに、決まっているだろう。」 「そう、か。」 照れ臭さにぼそっと告げると、聖川は安心した顔を見せた。 「初めにお前が誘ってくれた後から、よそよそしい感じがして、嫌われたのかと思っていた」 「聖川…」 「お前と違い、俺はこういった関係には慣れていない。そのため、呆れられたか、何か変なことをしてしまったのかと、不安だった」 聖川が神宮寺の腕を引き、抱き寄せた。神宮寺の心臓がドクンと高鳴る。 「そんなこと、ない。そのあと誘ってくれて、嬉しかった…」 「良かった…」 神宮寺が震える声で答えると、聖川は腕の力を強くした。密着した身体に緊張しながらも、神宮寺は期待に心を奮わせた。 これは、いけるのでは!? ついに、聖川とその、そういった行為を出来るのではないか。 神宮寺が意を決して、聖川の背中に腕を回そうとしたところ、聖川の身体が離れていった。 「え…」 「もし、神宮寺か嫌だったら、別れようとも考えていた。けれど、どうしてもそれは嫌だったから。ありがとう、神宮寺」 「いや、その」 こいつ、わかってない! 神宮寺は呆然とする。 聖川は安心した様子で、ベッドから立ち上がる。 「それじゃあ、俺は明日の予習を」 「ちょっと待て」 神宮寺は聖川の腕を掴んだ。すると、勢い余って体勢を崩してしまい、聖川が神宮寺に覆い被さる形となった。 「すまな、」 慌てて退こうとする聖川の胸元を掴み、神宮寺は告げた。 「お前、何にもわかってない。俺がどうして怒っていたか」 「神宮寺…」 「お前が何かしたからじゃない。何もしないからだと、さっき言っただろ。聞いてなかった?」 聖川は首を左右に振った。その瞳は不安げに揺れた。 「聞いていた。よくわからなかったんだ」 「こういうことだ」 神宮寺は聖川の身体引き寄せ、その唇にキスをした。 「っ!神宮寺」 不意討ちのキスに聖川は動揺していた。構わず神宮寺は続ける。 「俺の態度がよそよそしかったのは、お前でマスターベーションをしたからだ。お前はそんなこと、全く考えていないようで、むなしかった」 聖川は驚いた瞳でただただこちらを見つめている。 「悪いが俺の恋愛はこういうこと込みだ。それが嫌なら、別れてくれていい」 「神宮寺、お前の方こそ、俺のことをわかっていない」 聖川が低い声を上げ、神宮寺の唇に噛みついた。痛みに顔をしかめると、聖川は傷ついたような顔をしていた。 「っ、」 「俺だって、お前と…抱き合いたいと思っている。お前で、その…、自慰だってしている。俺だって、そういうこと込みで、お前のことが好きだ。別れるなんて言わないでくれ」 「じゃあなんで、抱いてくれなかったんだ。そういう態度、とってたんだが」 「それは、経験がないからよくわからなかった。というか、神宮寺はそれでよいのか?」 「えっ」 「抱いてくれない、と言ったよな。役割分担として、それも考えてしまう要因だった」 確かにそうだ。自然と自分が女性役だと考えていたが、何故だろう。 神宮寺は、自分ばかりが好きなのだと考えながら、素直になれなかった理由を思考した。 きっと、聖川を自分から求めることが、まるでこちらの方が思いが強いように振る舞うのが、嫌だったのだろう。 「俺は、お前の方から触れてくれるなら、どっちでも良かったんだ」 言葉にしたら、すっと納得が入った。 「すごい口説き文句だな」 聖川がいとおしげに、神宮寺の背中に手を回した。 「俺はお前を抱きたい。」 「気持ちよくしてくれよ」 「……善処する」 軽口を叩くと聖川は真面目に、今度は紳士的なキスを落とした。 → |