7 自宅に帰ると、今日は神宮寺が夕飯を作ると言い出した。 珍しいこともあるものだと思いながら、リビングで休憩をする。 神宮寺のレパートリーは、パスタかカレーかラーメンか、そんなところだ。どれもレトルトで簡単に出来る。(料理と言えるかはわからない。) テーブルの上には、以前読んだ神宮寺が出ている雑誌が置いてあった。きちんとブックラックに入れておいたはずだが、神宮寺が出したのだろうか。 パラパラと雑誌を捲ると、知らない男が紙の向こうで笑っている。 美しい。造形が整っている、表情も、肢体も、艶かしく挑発してくる。けれど何故だろう。性的欲求というものは感じない。 ぼんやりと考えながら、聖川がページを捲っていると、神宮寺が皿を持ってやってきた。カレーだ。スパイスの香りが空腹に沁みる。 「お待たせ。ああ、それ、買ってくれたのな。ありがと」 「いや。」 雑誌を横に避け、いただきます。と両手を合わせる。神宮寺も腹が減っていたのか、あまり会話をせずに食事は進んだ。 「どだった、それ」 神宮寺が雑誌に視線を移し、聞く。正直にいうべきか。聖川は迷った。 「良かったよ」 「ふうん」 カラン、とスプーンが皿にぶつかる。空になった皿を前に、神宮寺が大きく伸びをした。 「なあ、神宮寺。聞いていいか?」 「ん」 「お前は俺と仕事、どっちが大切だ」 神宮寺は聖川の言葉に目を見開く。 「なんだ、それ。雑誌の特集にでもなっていたか?レディみたいなことを」 聖川が首を左右に振ると、神宮寺は真剣な表情に変わった。 「最近、なんだか変だったのは、そんなことを考えていたのか」 「気付いていたのか?」 「なんとなく…まあ、あんまり会えてなかったけど。よそよそしく感じたんだよ」 「すまない。」 聖川がうつ向くと、神宮寺は聖川の横へ移動してくる。 「神宮寺?」 「言えばいいのか?」 「俺は…」 聖川は息を呑む。神宮寺は聖川の頬に触れ、その顔を覗き込む。 「正直に言う。考えたことない。」 「神宮寺…」 「比べるものじゃないだろ。まあ、レディに対する常套句は、『どちらも』で、『仕事は君を守るため』だが、お前は違うだろ?」 今度は聖川が驚く番だった。神宮寺は考えていないと言ったが、むしろ自分よりもきちんと考えている。 聖川という個人を、ちゃんと見てくれている。 聖川は神宮寺の方を向き直し、真っ直ぐ見据えた。 神宮寺の雑誌インタビューを思い出しながら、聖川は聞いた。 「仕事で言うと、俺はライバルなのか?」 「そうだな。それは変わらないと思う。」 神宮寺が頷く。 神宮寺が正直に答えてくれたのだから、俺も正直に、思ったことを伝えよう。そう聖川は決心した。 「俺は、もしどちらかを選ぶとしたら、お前ではなく、仕事……アイドルとしての夢を選ぶと思う。」 神宮寺は真剣なまま、黙って聖川を見つめる。 「お前が好きだ。だけど、本当に好きなのか、自分がわからなくなった」 「それが原因、か。」 神宮寺が息を吐く。 「神宮寺?」 「一つだけ聞かせてくれ。お前のそのアイドルの夢の先に、俺はいるか?」 「お前が?」 「俺はいるよ。確実に。こういう風に、付き合ってるかはわからない。けれど、アイドルとして、ステージに立ってる俺とお前は、はっきりと見える。」 神宮寺が照れ臭そうに笑う。聖川の脳裏に、煌めくステージライトが過った。自分の横で、長い金髪が揺れる。自然に目を引く華やかな容姿、しなやかな長い手足、観客を魅了するウィンク。視界の端で捉えながら、聖川もステップを踏んでいく。チカチカと光るペンライトが視界に入る。 観客席から伝わる熱気と、メロディアスな音楽に、聖川は気分が高揚していくことを自覚した。 「いた。見えた。お前が」 「ならいいよ、俺はそれで。」 神宮寺は柔らかく微笑んだ。聖川の髪を撫でる。 「俺は、お前をライバルではなく、恋人として見ている。それでいいのか。」 「なんで悪いんだよ。恋人じゃないのか。」 「だが、女性的に扱って…」 「いいよ、別に。ていうか、それはお互い様だ」 「?」 「前一緒に出たクイズ番組あるだろ。あのクイズの好きな女性のタイプ、全部聖川のことだった。」 「あ…」 セクシーで、天然。 聖川はキャッチコピーなどで、そんな風に表されたこともあった。 聖川は口をポカンと開く。 「神宮寺は俺に抱かれているのにか。」 「ぷっ、やなこと言うなあ、お前。そうだな…多分そこは関係ない。結局『好き』に男も女も関係ないんじゃないか。」 神宮寺は肩をすくめる。関係ない、か。 そうかもしれない。 聖川は心が晴れた心地がした。ただ彼をいとおしく大切だと思う。 この先の未来も一緒にいたいと思う。 「そうか…神宮寺、お前はすごいな」 「霧が晴れた」 「良かった」 互いの額を合わせ、至近距離で見つめ合う。 骨張った指を絡める。 「神宮寺、したい」 指の力を強め、小声で囁く。心臓が早鐘を打ち、全身が熱を持つ。 神宮寺は肩をすくめ、唇だけで微笑んだ。 → |