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「お前、眠れないのだろう?」


聖川がそう、言い切った。神宮寺はごくりと唾を飲んだ。


夜遊んでいて、帰りが遅くなっていること。
授業に出ないで、退学になるかもしれないこと。
恵まれた家庭であるにも関わらず、意地を張って、色々な人間に迷惑をかけていること。


神宮寺は全て自覚していた。それでも、楽な方へ流れてしまう弱い自分自身も。


聖川に言われたら、誰かに言われたら、もしかしたら変われるかもしれないと思っていた。

そんな甘いことを考えているうちは、変われない。

そう何度も思い知っているのに。

けれど聖川は、神宮寺を怒りはしなかった。ただただ、心配そうな表情をしていた。


「もし、眠れないのならば、夜どこかに行くのではなく、寮で眠れないだろうか?」

「はっ、お前がいるから、だろう。原因は、お前だ」


神宮寺は悪態をついた。眠れないことを肯定したと同じだ。しかし、聖川にそれを見抜かれていたことにひどく動揺していた。


神宮寺は、自分の出自を知っているような身近な人間に、弱さを見せたことはなかったのだ。
「俺が何らかの原因だと言うのは分かっているつもりだ。しかし、ピアノを…」

「ピアノ?」

「ピアノを弾いてやるから。お前が眠れない時は。だから、何処にもいかないでくれないか?」


聖川の提案は神宮寺には甘い囁きであった。

先ほど、ピアノを弾いてくれとせがんだことを、聖川は汲んでくれたのだろう。

しかし、神宮寺は聖川の意図がわからなかった。自分は聖川を撥ね付けるような、ひどい言葉を言った。それなのに何故自分を心配するような真似をするのだろうか。

「どうして、そこまでしてくれるんだ?」

神宮寺が聞くと、聖川は丁寧に言葉を紡ぐ。

「俺の安眠のためでもある。お前、床についてもしばらく、寝返りや携帯を弄ったりしているだろう。この前は、涙を流していた。」

「!」

カッと顔が熱くなる。聖川は、どこまでわかっているのだろうか。

おそらくそれは、神宮寺が自慰をしている時を見られたのだろう。羞恥と後悔がない交ぜになる。
神宮寺は、自棄になって、聖川に全てをぶちまけてしまおう、と思った。

「聖川」

「なんだ」


「お前、オナニーってするのか?」

「!な、何をいきなり」

唐突とも言える質問に、聖川は顔を赤らめた。神宮寺の行為は気づかれてはいないようだ。

「同性だしこの年齢だし、いいだろ。で、眠れないって話の続きなんだが」

「ん?ああ」

「俺が別のところに行くのは、他の理由もある。」


「なんだ」


「セックス」


人差し指を唇にあて、わざと直接的なワードを呟く。聖川は冷めた目を向けた。

「何がいいたい」

「だから、性欲処理だ。ピアノの他に、もうひとつ。」

「……」

「もし、遊びに行くなと言うのなら、それも条件だな」

わざと高圧的に神宮寺は言った。聖川は押し黙る。


さあ、罵倒しろ。
最低だ、見損なった、と。そして、俺に関わるのをやめるんだ。お前の思いやりは、俺なんか救えない。

神宮寺は聖川の固い表情に、快感すら覚えていた。これは、綺麗で完璧なものを下卑た言葉で汚す背徳だ。


もう終わりだ。
神宮寺は、喉元で笑う準備をしていた。けれど、予想は大きく外れた。


「いいだろう。それでは、もう夜は寮で過ごせよ」


……は?
聖川は怒気を込めた言葉を放ち、神宮寺から離れていった。


「先に帰っているからな」

聖川が音楽室の扉を閉めた。

大きく音を立てて閉じた扉を、神宮寺は呆然と眺めていた。






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