6 「お前、眠れないのだろう?」 聖川がそう、言い切った。神宮寺はごくりと唾を飲んだ。 夜遊んでいて、帰りが遅くなっていること。 授業に出ないで、退学になるかもしれないこと。 恵まれた家庭であるにも関わらず、意地を張って、色々な人間に迷惑をかけていること。 神宮寺は全て自覚していた。それでも、楽な方へ流れてしまう弱い自分自身も。 聖川に言われたら、誰かに言われたら、もしかしたら変われるかもしれないと思っていた。 そんな甘いことを考えているうちは、変われない。 そう何度も思い知っているのに。 けれど聖川は、神宮寺を怒りはしなかった。ただただ、心配そうな表情をしていた。 「もし、眠れないのならば、夜どこかに行くのではなく、寮で眠れないだろうか?」 「はっ、お前がいるから、だろう。原因は、お前だ」 神宮寺は悪態をついた。眠れないことを肯定したと同じだ。しかし、聖川にそれを見抜かれていたことにひどく動揺していた。 神宮寺は、自分の出自を知っているような身近な人間に、弱さを見せたことはなかったのだ。 「俺が何らかの原因だと言うのは分かっているつもりだ。しかし、ピアノを…」 「ピアノ?」 「ピアノを弾いてやるから。お前が眠れない時は。だから、何処にもいかないでくれないか?」 聖川の提案は神宮寺には甘い囁きであった。 先ほど、ピアノを弾いてくれとせがんだことを、聖川は汲んでくれたのだろう。 しかし、神宮寺は聖川の意図がわからなかった。自分は聖川を撥ね付けるような、ひどい言葉を言った。それなのに何故自分を心配するような真似をするのだろうか。 「どうして、そこまでしてくれるんだ?」 神宮寺が聞くと、聖川は丁寧に言葉を紡ぐ。 「俺の安眠のためでもある。お前、床についてもしばらく、寝返りや携帯を弄ったりしているだろう。この前は、涙を流していた。」 「!」 カッと顔が熱くなる。聖川は、どこまでわかっているのだろうか。 おそらくそれは、神宮寺が自慰をしている時を見られたのだろう。羞恥と後悔がない交ぜになる。 神宮寺は、自棄になって、聖川に全てをぶちまけてしまおう、と思った。 「聖川」 「なんだ」 「お前、オナニーってするのか?」 「!な、何をいきなり」 唐突とも言える質問に、聖川は顔を赤らめた。神宮寺の行為は気づかれてはいないようだ。 「同性だしこの年齢だし、いいだろ。で、眠れないって話の続きなんだが」 「ん?ああ」 「俺が別のところに行くのは、他の理由もある。」 「なんだ」 「セックス」 人差し指を唇にあて、わざと直接的なワードを呟く。聖川は冷めた目を向けた。 「何がいいたい」 「だから、性欲処理だ。ピアノの他に、もうひとつ。」 「……」 「もし、遊びに行くなと言うのなら、それも条件だな」 わざと高圧的に神宮寺は言った。聖川は押し黙る。 さあ、罵倒しろ。 最低だ、見損なった、と。そして、俺に関わるのをやめるんだ。お前の思いやりは、俺なんか救えない。 神宮寺は聖川の固い表情に、快感すら覚えていた。これは、綺麗で完璧なものを下卑た言葉で汚す背徳だ。 もう終わりだ。 神宮寺は、喉元で笑う準備をしていた。けれど、予想は大きく外れた。 「いいだろう。それでは、もう夜は寮で過ごせよ」 ……は? 聖川は怒気を込めた言葉を放ち、神宮寺から離れていった。 「先に帰っているからな」 聖川が音楽室の扉を閉めた。 大きく音を立てて閉じた扉を、神宮寺は呆然と眺めていた。 → |