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「ふぁあ…」

神宮寺は大きな欠伸をかみ殺し、空を眺める。

早乙女学園は学園長の趣味からか、至るところに景色の美しい庭園が配置されている。

神宮寺は、授業に出る気が起きない時は、そういった自然の中で過ごすことが多かった。

最近、夜遊びがたたってか、遅刻もサボることも多い。

担任の日向が退学だなんだと叫んでいたが、本当にそうなるかもしれない。


それもいいか。


そうしたら、聖川にも会わなくて済む。自分のコンプレックスと、向き合わなくて済むのだ。


(本当に、そうだろうか?)

神宮寺は想像力を働かす。

退学になり、寮を出たら、実家に帰ることになる。そうしたら、父や兄と顔を合わせることになる。

聖川と一緒にいることが、「コンプレックスと向き合う」ことだとすると、家族のそれは、「コンプレックスを突き付けられる」ことだ。


それが嫌で、見返したいという気持ちも少しはあって、もっと自分を見てほしくて。



それで、自分は早乙女学園に入ったのではなかったか?


白い雲がゆっくりと流れる。何時間でも、見ていられる。神宮寺は自由のはずであった。


授業終了のチャイムが鳴った。


神宮寺は起き上がり、荷物を取りに教室に戻ることにした。





美しい音楽は心を洗浄する。


その音が耳に届いたとき、神宮寺はそんな言葉が頭に過った。


教室に帰る道すがら、音楽室の横を通ったときのことだった。


少しだけ開いた扉から、静かなピアノの音が漏れていたのだ。


優しい旋律をもっと聞きたくなって、神宮寺は音楽室の扉をそっと開ける。

音がクリアになった。同時に、演奏者も判明した。ピアノを弾いていたのは、聖川だった。


「神宮寺?」


神宮寺に気付いた聖川はピアノを弾くのを止めた。音が止まり、辺りを静寂が包む。神宮寺は不意に心細くなる自分が怖くなった。


「弾けよ」

「?」

「ピアノ。好きだ。それ」

聖川は無表情のまま、再び鍵盤を叩いた。指先を器用に運んでいく。

壊れものを扱うようにグラーベ、母の愛ようにラルゴ、情熱的なキスのようにプレスト…。隠しきれないフォルテッシモ、そっと触れるように、ピアニシモ…。

巧みな技法だけではない、重厚な感情表現に、心が包まれる。

こんな音は、俺の中にはなかった。

神宮寺は気付いたら意識を手放していた。





「…寺、神宮寺!」


「ん…」


目を覚ますと、聖川がこちらを心配そうに覗き込んでいた。


音楽室で、気付いたら眠ってしまったようだ。窓の外は薄暗い。聖川は、ぎりぎりまで起こさず待っていてくれたのだろうか。


「熟睡していたようだな」


「ん。すまない」


「神宮寺、その…」


聖川は言葉を濁す。


「なに?」


「お前は干渉するなと言ったが、これだけ言わせてくれ」


聖川は決意を固めた瞳でこちらを見た。起きたての頭で神宮寺はぼんやり考えた。怒られるのかな、と。子供のようだ。笑えてしまった。







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