believe my XXX その日は雨が降っていた。 雨は嫌いだ。 まず、傘を差すのが面倒くさい。 それから、荷物が濡れる。肩口も濡れる。 −それは、お前の傘の差し方が悪い。 うるさい。あと、雨の日はなんかだるいし…。 −いつものことだろう。 揶揄するような声。ああうるさい!まるで、母親みたいだ。 聖川の小言から逃げ出したくて、神宮寺は外に出た。 小さな折り畳みの傘を差して。 寒さにぶるりと震える。学園の外に出て、少し後悔した。 『believe my XXX』 弱い者はいとおしい。 神宮寺は雨の中をうつむいて歩く。 自分より弱い者はいとおしい。守らなくてはいけないと思う。時折見える驚くべき強さも、尊敬できる。 だから、神宮寺は女性が好きだった。柔らかな体、甘い匂い、自分より小さく、儚い存在。けれどもっと深い部分には強さを隠し持つ、母のような存在。 −なのに、俺はどうしてあんな奴を好きになったんだろう。 女性とは違う骨っぽい身体。意思の強い瞳。低く落ち着いた声。時折見せる、無邪気な笑顔。 まあ、たまの小言は、母さんぽいけど。 神宮寺は宛てもなく歩いた。目的地のない散歩は嫌いだ。未来が見えない不安と似ているから。 すっかり体は冷えきってしまった。自業自得、という言葉が浮かぶ。 でも、仕方ないじゃないか。 聖川といる自分は、驚くほど余裕がない。 自分が、普段以上に嫌いになる。 そんな奴と四六時中一緒にいるのだ。 たまには一人になりたくもなる。 −聖川はどうなのだろう。 神宮寺が居なくなって、清々しているだろうか。 それとも心配になって、探しに行こうと思うだろうか。 雨音が、耳に煩い。 歩みを進める毎に、不愉快な音を立てる。 もう、あれこれ考えるのはやめよう。 どうせ考えたって、奴の気持ちを知ることは不可能なのだ。 俺はエスパーじゃないんだから。 「ニー」 「ん?」 どこかで雨宿りをしようかと思っていたら、小さな鳴き声が聞こえた。 目を向けると、段ボール箱の中に入った子猫がこちらを見ていた。 白と茶色が混ざった毛並は、雨に濡れていっそう小さく見える。 神宮寺は思わず、自分の傘を段ボールに立て掛ける。雨が全身に降り注ぐが、あまり気にならない。 「お前、捨てられたのか?」 「ニー、ニー」 子猫はつぶらな瞳をこちらに向けて、鳴いた。 寒そうにぷるぷる震えている。 「どうするかなあ」 寮に一旦連れて帰るか。聖川になんて言われるかわからないが。 神宮寺は小さな体を抱き上げた。子猫は大人しくしている。大分弱っているようだ。 片腕と胸で固定して、もう片方で傘を持つ。 「っしゅん」 神宮寺の方も、さっき濡れていた間に、大分体が冷えてしまった。 これは、そのまま寮に帰るしかないな。 帰り道の足取りは軽かった。 * 「神宮寺」 寮まで帰る途中、聖川に遭遇した。 「探したぞ。濡れてるじゃないか。っ、子猫?」 「ああ。雨の中、置いてきぼりになってたから、拾ってきた」 一瞬、怒られるかな、と思った。 しかし、聖川は腕の中の子猫を見ると、頬を緩ませた。 「可愛い子だな。貼り紙でも貼れば、すぐ飼い主が見つかるさ。それまでは、先生たちに寮に置いていいか打診しよう」 「ニーニー」 子猫が心強い、といったように、少し強く鳴いた。小さな頭を撫でて、聖川は大きな傘を神宮寺の上に差す。 「これなら二人入るだろう。そっちの傘はたたんで俺が持つ」 神宮寺は言われるままにし、両腕で子猫を抱き抱える。 さっきまで、喧嘩していたことがうそみたいに、自然と話せた。 こいつに感謝だな。 小さな子猫は、大分寒さが落ち着いたようだ。帰ったら、何か温かいものを飲ませてやろう。 寮までの帰り道、相合い傘で歩いていく。聖川は前を向いたまま、珍しく自信なさげに、言った。 「神宮寺、悪かったな」 「え?」 「俺は小言が多いのは、自覚している。中学の時のあだ名は「オカン」だった」 「ぷっ、」 「しかし、俺とお前はこ、恋人同士なのだから、今後は気をつける」 「……」 雨はなおも降っている。でも、煩わしかった音は、どこか遠くで聞こえる。 「許してくれないか?」 「いいよ」 「そうか」 「違う、そのままでいいと言ったんだ」 聖川がこちらを不思議そうに向く。 「お前は母さんじゃないし。俺にいつも優しいわけじゃないし。でも、それでいいんだ」 伝わっただろうか。雨音が鳴る。ああ、やはり、煩わしい。 聖川は微笑んだ。 それだけで、身勝手な自分への罪悪感が、少しだけ昇華する。 神宮寺は自分のそれよりも、聖川の笑顔を信じられると思った。 腕の中の子猫が小さく震えた。 END |