St.Valentine 神宮寺は悩んでいた。実は一週間程悩んでいた。悩んでは気にしないように振り払い、とうとう、今日になってしまった。 2月14日。Valentine Day。 日本ではレディたちが意中の相手に甘いチョコレートを送るイベントである。 何故神宮寺が頭を悩ます必要があるか。それは最近神宮寺が付き合い出した相手に原因にある。 相手は、聖川真斗。聖川財閥の長男坊、髪型も心根も真っ直ぐの、神宮寺とは真逆の男である。 男と付き合う場合、こうしたイベントはどうすればいいんだ……? 街中でピンクとハートに彩られた特設コーナーを見かける度に、神宮寺は悩んでいた。うっかり一つ、レディに紛れて購入までした。 しかし、もし渡しても、鼻で笑われたりしたら…。そんな根拠のない不安から、同室であるにも関わらず、渡すことが出来なかった。 * 放課後、靴箱を開けると、ドサドサと可愛らしくラッピングされたチョコレートが落ちてくる。 甘いものが得意ではない神宮寺は、少しうんざりする。もちろん、自分のことを思ってプレゼントしてくれるのは嬉しい。 けれど、靴箱にぞんざいに入れられるのは、あまり好ましくはない。 普段であったら、恥ずかしくて直接渡せなかったとか、そんなレディも可愛いな、とか、余裕の一つも見せるのだが。 (結局、聖川に渡せなかった…) 神宮寺は情けなさに肩を落とす。せっかく買ったが、やはり難しいだろうか。 用意していた紙袋にチョコレートを詰め、寮へと帰宅した。 * 「お帰り。神宮寺。大量だな」 「ん、ああ」 先に帰っていた聖川に出迎えられた。ベッドに座ると、聖川が隣に移動してきた。 「ん」 「渡したいものがあるんだが、受け取ってくれるだろうか?」 小さな箱を手渡され、神宮寺の心臓は跳ね上がる。 「あ、りがとう…」 「気に入ってくれるといいが」 聖川の視線に促され、オレンジ色の包装紙を開く。中にはピアスが入っていた。 「誕生日おめでとう。女性物だが、お前に似合うと思って」 聖川がはにかむ。神宮寺は泣きたくなるくらい嬉しくなって、唇を噛む。自分が出来ないことを簡単にやってのける、この男がずるいと思った。 しかし、同時に、この男に与えることばかり悩んでいて、見返りを求めていなかった自分の感情が大切なもののように思った。 「ありがとう」 照れ隠しに視線を外しながら言う。聖川は神宮寺に近付き、内緒話をするように囁いた。 「つけてもいいか?」 「つけるって…?」 「これ」 耳のピアスを爪で弾かれ、神宮寺は体が火照るのがわかった。 時々聖川の大胆さに驚かされる。期待を裏切りたいという気持ちと、全てを答えてやりたいという切なさが、ない交ぜになる。 「ん」 神宮寺は聖川に耳を向けることで了承した。聖川が既についているピアスを外す。耳朶の後ろのストッパーを穴から外されると、痛覚はないはずなのに、甘い痺れを感じた。 聖川が、選んでくれたというピアスを手に取り、耳朶に触れる。冷たい指先に反射的に目を瞑る。小さな穴に、細いピンを通していく。 吐息が頬にかかる。体を重ねる行為よりも、なんだかエロティックだ。 不意に、ベッドに転がるチョコレートが目に入り、神宮寺はハッとした。 そうだ、チョコレート。今が絶妙のタイミングではないか? 「聖川」 「ん?」 「その、紙袋の…」 一番奥に、神宮寺が聖川に購入したチョコレートが入っている。神宮寺は指を差し、そう説明しようとした。が、聖川に体を押し倒され、言葉が続かなかった。 「聖川!?」 「チョコレートの話はするな」 「え?お前、嫌いだったのか?」 神宮寺が聞くと、聖川は首を左右に振り、神宮寺の肩口に顔を埋めた。 「他の人間から受け取ったチョコレートの話など」 「あ……」 嫉妬。二文字の言葉が浮かび、神宮寺は驚く。 「俺たちは、ファンの人気に支えられている。だから、もらうな、とは言えない。だが、二人だけのときは、誰かに貰った気持ちの話をしてほしくはない」 そこまで考えていたのか、と思った。きっと、この男は自分よりも、感情の起伏を隠すのが上手い。けれどそれだけのことで、内面は、自分と変わらないのかもしれない。 何かを与えたいと思って、でも、喜んでくれるか不安で。その笑顔を見るまでは、怖くて仕方ない。そんな気持ちを、持っていたのかもしれない。 「聖川、違うんだ、これは」 「聞きたくない」 「んっ、」 耳朶を食まれ、口の中に指を突っ込まれる。腰を抱き寄せられ、聖川の臨戦体制のそれが押し付けられる。 「むぐっ!」 「神宮寺……」(ひ、人の話を聞けーーー!!!) その後、チョコレートではなく自分が美味しく頂かれてしまう神宮寺だった。 * 「神宮寺、悪かった」 「別に、いい」 情事後。神宮寺は事情を説明して、購入したチョコレートを聖川に渡す。聖川は意外だったようで、目を見開いた。さっきからずっと、彼の知りうる謝罪の言葉を繰り返す。 「俺はまさか、お前がチョコレートを用意しているとは思っていなかったんだ」 「それは、失礼じゃないか?」 俺だってお前のことを好きなのに。言葉を飲み込むと、聖川はまた、すまんと謝罪する。 「ただ、お前、前言っていただろう?『バレンタインは好きじゃない』と」 今度は神宮寺が驚く番だった。 「そうだったか?確かに、そう言ったかも……?」 「甘いものも苦手だし、誕生日ケーキとダブルできつかった、と」 だから、チョコレートは買わなかったんだ。聖川は続けた。 「そういうわけで、許してくれ」 「どういうわけだよ!」 神宮寺は突っ込みを入れつつ笑ってしまう。 こいつも人の話を聞かないが、俺も大概だな。 正反対な二人だけど、こんな風に少しずつ、重なる部分が出来たらいい。 とりあえず、Valentineではなく、自分のBirthDayは好きになったと主張したら、聖川は微笑んだ。 END |