1 神宮寺は地面を蹴った。けれど、直ぐに足を止める。 心臓の音を落ち着かせるように、一歩一歩進む。 やっちまった。 朝、起きて、転がる目覚まし時計を見た時には、確かにそう思ったのだ。 急いでシャワーを浴びて、制服に着替えた。 ボタンは上まで閉めない。首が苦しくて、苦手なのだ。 寮から講堂まで、走って5分。 まだ間に合う……そう思って走って、途中で馬鹿らしくなった。 晴れ空と満開の桜に目を奪われながら、桜並木道を進む。 あと、2分。運が良かったら、間に合うだろうか。 強い風に煽られて、薄ピンク色の花びらが舞う。神宮寺は眠い目を擦りながら、大きく伸びをする。 なんだか、このままバックレたい気分だ。 「あ……」 花びらの間から、一人の男が目に入った。 神宮寺は思わず立ち止まる。 「聖川……」 真っ直ぐに切り揃えた深い青髪、聡明そうな瞳に、甘さを追加する泣きボクロ、薄い唇は今は強く引き結ばれている。 幼い頃の面影と重なる。同時に淡い苦みを感じ、顔が引き吊るのが分かった。 聖川に真っ直ぐな視線を向けられ、神宮寺は動揺した。 どうしてこんな所に、奴がいる? 「遅刻するぞ。神宮寺」 聖川の低音とほぼ同時に、予鈴が鳴り響く。 春、始まりの季節。 神宮寺の頭に、不穏な予感が過った。 * 神宮寺レンが入学する早乙女学園は、アイドルを育成する専門学校である。 卒業時のオーディションに合格すれば、自動的にデビューが約束されている。 そのためか、入学するには200倍以上の倍率を乗り越えなければいけない、超難関校である。 神宮寺はその難関を突破し、Sクラスに所属が決まった。 元々、その高校生離れしたスタイルと存在感で、モデル活動もしていた。 神宮寺財閥の広告塔として、名を売ってこい。 父親にそう言われ、半ば自棄になって応募したら、合格してしまった。 神宮寺にとっては、それほど思い入れがないアイドルへの道だ。 クラスの面々の、輝いた瞳に、気持ちが重くなる。 クラスのオリエンテーションを気もそぞろに、神宮寺は窓の外を眺める。 まさか、自分の過去を知る聖川に再会するなんてな。 あいつもきっと、気まずく感じていることだろう。 クラスが別なのがせめてもの救いだ。 なんてあくびをしていたら、担任の日向に怒鳴られることとなった。 → |