lost child 神宮寺は、腕組みをして部屋の中をうろうろとしていた。 同室の男、聖川と付き合い始めるまでは、毎日違う女性を侍らして、プレイボーイを気取っていた神宮寺である。 しかし、彼の歌の歌詞にもあるように、「本気の恋」は初めてのことだった。 今日は土曜日。久しぶりに部屋でゆっくりしようということだった。しかし、聖川がせっかくだから料理をするといい、食材を買いにいってしまった。 神宮寺も一緒に行くと言った。が、聖川は朝に弱い彼を気遣い、ほんの20分程度だから待っていろ、と、自分はてきぱきと着替えを済まし出ていった。 ずっと一緒に居たかったから、少し寂しかったが、それだけならまだよかった。 (……遅い!) 聖川は20分ほどで帰ると言っていたが、もう出てから30分は経っている。 何かあったのだろうか。時間に厳しい聖川なのに珍しい。ほんの10分ほどだが、事故にでもあったのかと不安になる。 いや、嘘だ。 神宮寺は立ち止まり、ベッドに寝転んだ。 ほんの10分でも、自分を放って置かれることがたまらなく嫌なのだ。 どうしたんだ、神宮寺レン。これじゃあ恋する乙女じゃないか。 悶々としていると、部屋のドアが開いた。 * ベッドの上で呆然としている神宮寺を見て、聖川は微笑む。 「少し遅くなったな。すまない。今準備する。」 聖川は購入した食材をキッチンに並べ始める。 じゃがいも。にんじん。たまねぎ。糸こんにゃく。豚肉。聖川お手製の肉じゃがと予想された。 割烹着を羽織り、てきぱきと準備を始める聖川を、神宮寺は憮然とした表情で見上げる。 面倒だからベッドに寝転がったままだ。 「遅くなった理由は?」 あくまでも、興味のない振りを装って聞く。 「ああ。買い物途中で、七海に会ったんだ」 「七海…ああ、あのレディか」 神宮寺は作曲家コースの大人しそうな少女を思い浮かべる。聖川と同じクラスで、最近仲が良さそうだ。 「神宮寺に手料理を振る舞うと言ったら、特売売り場などに案内してくれてな。この豚肉は安かったぞ」 「ふうん」 楽しそうに話す聖川に胸がツキンと痛む。 「あと、菓子作りコーナーも教えてもらってな。今度挑戦してみようと思うんだが…。神宮寺は甘いものが苦手だったよな?抹茶とか栗とかはどうだ?」 「別に、甘過ぎなければ大丈夫」 「そうか」 聖川が微笑み、慣れた手つきで食材を切り始めた。 トン、トンと規則的な音が部屋に響く。 「気に入らないな」 ボソリと神宮寺が呟く。 「何か言ったか?」 鍋に具材を入れ終えたのか、聖川がくるりと神宮寺の方を見る。 寝転んだままの神宮寺は気だるげに起き上がり、聖川に後ろから抱きついた。 「どうしたんだ?」 「別に」 「怒っているか?すまない、遅くなって」 「その前だ」 しばらく沈黙した。 聖川は必死になって理由を考えているのだろう。 振り回された仕返しが出来たようで、神宮寺は笑ってしまった。 身勝手なのはわかっている。けれど、この好きになってしまった悔しさを解消する方法を、神宮寺は知らなかった。 「お前を置いて買い物に言ったことか?」 何だか恥ずかしくなり、聖川の肩に顔を埋める。金木犀のような、爽やかで甘い香りがした。 「すまない。ただ、お前が眠そうにしていたからな…。昼になってしまうと思ったのだ」 至極全うな意見である。聖川の優しい声を聞いていたら、苛立ちが段々と収まってきたような気がする。 こうして、体を重ね合わせて、お互いの心音を聞いているからだろうか。鍋から漂う美味しそうな香りに、神宮寺の腹の虫がなった。 「くっ、ははは!ほら、用意していて、良かっただろう?」 顔が熱い。聖川は寄りかかる神宮寺を体から離し、長い髪を指ですいた。 「顔が赤いぞ」 「うるさい」 俯くと、噛みつくようにキスをされる。 「全く、どうしてお前はそんなに可愛いんだ?」 「聖川、お前最近調子に乗ってないか?」 憎まれ口を叩くが、聖川は特に気にするまでもなく頭を撫でる。 「調子に乗っては駄目か?俺は、お前がもっと淡泊な人間だと思っていた」 「え」 「だけど、俺のことで色々と、考え込んだり、悩んだりしているだろう?それが嬉しい」 「割烹着姿で言っても、様になってないぞ」 「もう少し待て。あと10分くらいだ」 あやすように頭を撫でられた。神宮寺はお返しに、聖川の頬をつねった。 勝ち負けではないことはわかっている。しかし、どうも釈然としない。 神宮寺は年上で、女性経験だって聖川よりあるはずだ。聖川のこの余裕がひどく不公平に感じた。 「神宮寺、出来たぞ」 愛されている実感は、ある。きっと疑ったら失礼だ。それぐらい真っ直ぐに、聖川は神宮寺を思い、大切にしてくれる。 「…いただきます。」 出来立ての肉じゃがを咀嚼する。大嫌いだった和食の味付けが、胃に優しく染み渡る。 嘘だ。 今は一番、大好きな味だ。 * 「っ、神宮寺?」 聖川の体を押し倒し、強引に跨がる。Tシャツを脱ぎ捨て、キスをしようとしたら、聖川に阻まれた。 「どうしたんだ、いきなり」 「どうしたもこうしたもない。今日はこっちでする」 聖川は目を見開いた。それから頬を染め、視線をずらす。 動揺している。 神宮寺は腹の内でガッツポーズをする。 昼食の後は、ごろごろとバラエティー番組を見たりしていたが、若い二人だ。 すぐにそういった雰囲気になった。 そこで、神宮寺は閃いた。考えてみれば、神宮寺が能動的に聖川を責めたことはない。神宮寺が責めれば、流石に聖川も普段よりは乱れるのではないか、と。 作戦は成功だったようだ。 「神宮寺、ちょっと待て、んぅ…」 首筋に噛みつくと、掠れた声を出す。胸の突起を掴み遊ぶと、弱々しく体を動かす。 きっちりと両足を体でホールドしているため、むなしい抵抗となった。 「マサ、愛している」 耳元で囁くと、聖川の耳が驚くほど火照っている。神宮寺も、自然とついて出た言葉に驚く。まるで普段通りに、レディに愛を囁くように、言えた。この体勢、いいかもしれない。 聖川は意を決したようにこちらを向いた。少し息が荒い。 「わかった。お前がしたいなら、俺は構わない。考えてみれば、役割分担というのは、特に決めていなかったな」 「?」 聖川の言葉の意味が捉えられず、神宮寺は首を傾げる。 「ただ、俺はお前と違い初めてだ。どうか、優しくしてくれないか?」 「……」 一瞬間が空く。 聖川の言葉に合点がいき、神宮寺は脱力した。聖川の首筋に顔を埋めることになり、聖川は不思議そうに尋ねる。 「神宮寺?どうかしたか?」 「違う…」 「え…」 「違う!俺が入れるんじゃなくて、今日はこの体位でって言ったんだ!」 「え?いいのか?」 「そ、それに…」 「俺だって初めてだった!馬鹿!」 神宮寺がベッドに顔を埋めたまま、くぐもった声で叫ぶ。 聖川は一瞬虚を突かれた表情をしたが、失言に気付いたのだろう。なお顔を上げない神宮寺を包み込むように抱きしめる。 「すまなかった」 「……」 「その、神宮寺?」 「固くなってる。変態」 「すまない。顔を上げてくれないか?」 聖川は神宮寺の悪態にも、抱きしめる腕の力を緩めない。 「お前があまりに可愛くて、いとおしくて…どうすればいいかわからない」 身勝手な男だ、神宮寺は思う。身勝手で天然で真っ直ぐで、自分をいとも簡単に奪う、憎たらしい男だ。 だけど、世界で一番、いとおしい男だ。 「キス」 神宮寺が顔を上げていうと、聖川は優しく微笑み、従った。神宮寺は紳士的なそれにもどかしさを感じ、勢い良く噛みついた。 * 「大丈夫、か?」 「っ、慣らしたから、多分」 指とローションでグズグズに溶かれた其処に、聖川の猛った屹立を宛てがう。 「くっ、は…」 入り口が拡げられる圧迫感に、神宮寺は息をつめる。聖川も少し痛むようで、眉をひそめた。 ゆっくりと腰を落とすが、指とは比べものにならない質量に、神宮寺は腰がひけてしまった。 額に汗が浮かぶ。聖川は心配そうに声をかけた。 「神宮寺、無理はするな」 「い、や…っ、大丈夫だ」 膝をガクガクと揺らしながら、これは説得力がないと自分でも笑ってしまう。と、聖川は神宮寺の腰を掴み、自分の体を動かし始めた。 「あっ、マサ……何をっ」 「っ、ちょっと待て、多分、角度の問題だから。今、よくしてやる、」 「抜くな、よっ…」 「抜かない。安心しろ。この体勢も、維持するから」 「あっ、……ぁ!変なトコ、擦るな、ぁ」 普段と体勢が違うせいで、内壁の違う部分が擦れ、神宮寺の背中に電撃が走った。 我慢しようと思うのに、恥ずかしい喘ぎ声を漏らしてしまう。 「ぁっ、くっ、」 「ほら、全部、入った……」 聖川の優しい吐息に、神宮寺は息を吐いた。繋がった箇所が熱い。自重によりいつもより深く穿たれているのがわかった。 「ん、…は、ぁ」 「動いてくれないのか?」 「ちょっと、ま、…あぁ!」 聖川にもたれ休憩していたら、下から突きが始まる。神宮寺はいやいやと首を振り、体を起こす。 「ゃっ、」 直接触れられていないのに完全に屹立したそれの根元をぎゅっと握られた。 「んっ、マ、サ……」 「レン…」 激しい突きに、ベッドのスプリングが悲鳴を上げる。塞き止められた欲望を解放してほしくて、神宮寺は目尻に涙を浮かべる。 「マサ、も……イきたい…イかせて…」 「レン…」 涙ながらに訴えると、聖川が神宮寺自身を激しく擦り上げる。ナカを侵食する屹立が一層質量を増し、腰骨がぶつかり合うほどに、激しく揺すられた。 気がつくと、二人同時に果てていた。 * (主導権て、なんなんだ…) 神宮寺は不服そうに、ベッドでゴロゴロとしている。聖川は能天気に、神宮寺の尻を枕に読書をしている。 結局、騎乗位でも優位に立つことは出来なかった。最後にはグズグズに泣かされ、懇願して。自分が情けない。なんなんだろうか。男としての、プライドってやつか? 神宮寺は聖川の顔を盗み見る。聖川は気づかない。真剣に、「面白い話し方」の本を読んでいる。 笑ってしまった。不服だ。 でも……。 きっと、幼い子供だった頃の自分は、ガッツポーズをしていることだろう。 泣いても、駄々をこねても、ワガママでも。それでも優しく、抱き締めてくれる存在を、探していたはずだから。 END |