knight dream アイドル育成専門学校であるここ、早乙女学園に通う神宮寺レンは、図書室で頬杖をつき、座っていた。 向かいに座るクラスは違う同室の男、聖川真斗は、背筋をしゃんと伸ばしているものの、物憂げな顔をしている。 正反対の二人は争いが絶えなかったが、今は同じことを回想していた。 時は30分程遡る。 * 神宮寺、聖川は、学園長に呼ばれ、学園長室のドアを開けた。 「あ、マサたちも呼ばれてたんだね!」 「お前たちもだったのか」 部屋には一十木、一ノ瀬、四ノ宮、来栖が集まっていた。 「一体、なんなんでしょうねえ…」 「同室同士が集まってるな」 「大方、また何か学園長先生が企んでいるのだろうな」 「まあ、考えても仕方ないさ、」 「そうですね、学園長が来るのを待ちましょう」 一ノ瀬がそういった瞬間、独特なイントネーションで、伝説のアイドルだった男、学園長が現れた。 「YOUたちCD出しちゃいなYO!!!」 「!」 六人は一斉に天井に目を向ける。 毎回奇想天外な登場をする学園長だが、今回は比較的普通だった。 天井から驚きの身のこなしで、座り心地の良さそうな椅子に座り、学園長は続ける。 「同室の二人組で、CDを出しマース。オーディションCDデース。YOUタチは、学生であれど、光るものをモッテマス。ダイダイダイバッテキでーす。場合によってはデビューも考えマース!」 「え!学園長!本当ですか!」 一十木が目を輝かせた。 「やったー!トキヤ、頑張ろうな!」 「ただーし、条件がありマース!YOUたちは、ソロの曲を作詞するのデス!それも、お互いの歌が関連するように意識するのデース!」 「作詞は授業で習っているし、大丈夫!トキヤ、一緒に考えよ!」 「やれやれ…まあ、でも、チャンスにはかわりないですね」 「ふーん、なんか、面白そうじゃん?」 「そうですねー」 様々な反応を見せるが、各々やる気を持ったようだった。 ただ一組は、不穏な空気を発していた。 「納得できないね」 「神宮寺」 「ンン!?ドウシタンデス!?」 「大体どうしてこんな奴と一緒にCDを出さなきゃいけない?百歩譲って出したとしても、何故互いの歌詞まで意識しなきゃいけないんだ」 「それは、CD一枚で、そのストーリーというものがあるからだろう。」 「聖川」 神宮寺は驚きを隠せない。 いつも敵対している聖川も、同じように感じていると思っていたのだ。 「学園長先生、やらせてください。」 聖川が頭を下げた。 「神宮寺はいいデスかー?」 「……仕方ないね、やってやるさ」 これでは自分だけが駄々っ子のようではないか。 神宮寺は渋々了承した。 * と、以上のようなことがあり、神宮寺は来たこともなかった図書室で、同室の聖川と作詞をしているのだった。 「なあ、聖川」 フレーズか浮かばない。 神宮寺は聖川の睫に目をやりながら、彼の名前を呼んだ。 「どうした?」 「お前は本当に良かったのか?」 「どうしてだ?まだデビューをしていないのに、CDを出せる。すごいチャンスじゃないか。」 「でも、俺とだ」 「それがどうしたんだ?」 はっきりさせないと、気になって作詞も出来ない。 神宮寺は意を決して本音を伝えた。 「だってお前、俺のこと嫌いだろう。俺みたいに、不真面目なの。」 「最近は真面目に授業に出てるじゃないか」 「そういう問題じゃない」 神宮寺が強めに言うと、聖川はこちらに目を向けた。 しばらく考えた後、言葉を選んで紡ぎ出した。 「確かに、一人で、自分だけの色を出したいとも思っている。しかし」 聖川は真っ直ぐと神宮寺を見据える。 神宮寺はバツが悪く視線を落とした。 「俺はまだまだ未熟だし…それに、面白いとも思った。」 「面白い?」 「俺とお前の歌で、どのような一枚になるか、とな。」 神宮寺は耳の裏をかきながら、聖川の言葉を聞いていた。 不思議と胸が軽くなる。 「恥ずかしいやつだな」 「そうか?」 聖川は神宮寺の照れ隠しを知ってか知らずか、温かな微笑を浮かべた。 「さあ、とりあえずは作詞を始めよう。メロディは聞いたか?」 「ああ。」 学園長からそれぞれの曲は渡されていた。 聖川はバラード調、神宮寺はラテン調で、互いのイメージと合っている曲調であった。 「考えていたのだが…学園長は関連を持たせるよう言っていたよな?」 「ああ」 「だからまずは…メロディを聞いたイメージを…」 「ちょっと待ってくれ、聖川」 「?」 神宮寺の制止に聖川は首を傾げた。歌について話すと饒舌になることを意識していない。 聖川は天然なのだ。 「そもそもお前はいつもどのように作詞をしてるんだ?」 「俺か?まず、メロディが先にある場合は、それを聞いて浮かんだイメージを定義し、伝えたいテーマを決める。その後、一音一音に言葉を当て嵌めていく。」 「まどろっこしいな…」 なるほど、作詞においても几帳面な人間だ。 神宮寺はシャープペンをこめかみにあてながら首をひねる。 「神宮寺はどうなんだ?」 「俺は曲を聞いて浮かんだ言葉をそのまま乗せるね、イメージとかテーマとか…難しいことは考えない」 「しかし、それでは全体が」 「うーん…なあ、聖川、一回自由に書いてみないか?」 「それでは、関連は?」 「お前も同じように感じていると思うが、俺たちは大分、正反対だろう?」 「……」 「別に悪い意味じゃあない。財閥の長男と次男、真面目なカタブツと不真面目なフリーマン、アイドルになりたいお前と、一番を探している俺、」 神宮寺は自嘲気味に笑う。 聖川は真剣な瞳で見据えていた。 「そんな二人が各々、自由に書いてみたら、対比という形で関連しないかな、と思ってな。作詞の方法は人それぞれだし、やりやすいのが一番だろう?」 「確かにそうだな。」 聖川も納得したようで、それぞれがまずは、好きなように作詞をすることとなった。神宮寺はメロディを頭に浮かべながら、言葉を乗せていく。 まとまった思いとか、意図とか、そういうことは考えない。 耳に聞きやすく、自分の声の良さが伝わるフレーズを造り出していく。 みんなに見てほしい「神宮寺レン」を、演出する。 向かいの聖川を盗み見ると、唇を小さく動かしながら、人差し指でトントンと机を叩いている。 ピアノを弾く指先が思い起こされた。 「出来た!」 作詞が完了するのは同時だった。 互いに目を合わせ、出来た歌詞を交換する。 『騎士のkissは雪より優しく』 神宮寺は聖川の書いた歌詞を見る。 『心のダムがせき止めた・幾千のひた向きな・純白(しろ)い想いがそう・溢れだしてく…・どうしようもなく止められない』 騎士、優しく、と言っておきながら、大分熱い思いを綴っている。 神宮寺の感想だった。 驚きだったのが、示し会わせていないのも関わらず、神宮寺の書いた歌詞との関連が見えたことだ。 聖川を伺うと、彼も読み終わっていたようで、こちらに向かって深く頷いた。 「驚いたな」 「ああ」 「『悪魔のkiss』と『騎士のkiss』、『炎』と『雪』、『甘い吐息』、『天使のような吐息』、『ハートが壊れそう』、『熱いハート』、対象的なワードと、共通的なフレーズを想起させる。どちらも愛する人への思いを歌っているし……」 「これで、OKじゃないか?曲調も対象的だし」 「ああ。いいと思う。お前と俺の色が、よく出ている。」 聖川は満足そうに微笑んだ。 神宮寺は照れくささに頬を掻いた。 * 作詞を終え、二人は校舎を出た。 辺りは既に薄暗くなっている。 風の冷たさに身を震わせ、神宮寺は口笛を吹いた。 「思ったより早く終わって良かったな」 「ああ。まあ、明日先生方の評価を聞いてからではあるが。なあ神宮寺」 聖川は相変わらず真面目に答えながら、足を止めた。 神宮寺が後ろを振り返ると、薄闇の中真剣にこちらを見つめる聖川がいた。 「お前は、良かったのか」 「何がだ」 「俺と組んで。」 「なんだ、そのことか」 神宮寺は伸びをして答える。 何か、爽快感のようなものが駆け巡る。 きっと、今の正直な気持ちだ。 「俺は別にどっちでも良かったよ。お前と俺は違う。俺は、お前みたいに、真剣にアイドルを目指しているわけではない」 言うと、聖川は落ち着いた声で答える。 「しかし、俺のことは嫌いなんだろう?」 「嫌いではないさ、ただ、少し、わかりあえないというだけで。別に、仕事に支障はないだろう?」 「神宮寺、俺はお前を信用していない」 神宮寺は目を見開く。 何を言っているんだ、こいつは。 人がせっかく穏便に進めようとしているのに。 「正確に言うと、お前の言葉をだ。お前の歌詞に、あっただろう。『白いシーツの中の孤独は・溶けてなくなっていく・もう離さない強く・夢と君を抱きしめたい』」 「……」 「俺は、お前の本心がこの歌詞にあるように感じる。神宮寺、お前は本当に、アイドルになりたくはないのか。」 いつも落ち着いている聖川の声が少し上擦る。 神宮寺は、自分自身の気持ちが分からなかった。 生まれた歌詞は、自分自身の言葉だ。 けれど、熟考したわけではなく、メロディに自然と乗っていたフレーズだ。 そこに、自分の意思はあるだろうか。 「わからない…」 「抱きしめたいのだろう?」 「……、俺は、お前とは違う」 「違っていいじゃないか。俺はお前が羨ましい。その声も、オーラも、俺には出せない。お前が本気になったら、かなわないかもしれない」 「聖川?」 「でも、俺は俺だ。それは変えられない。俺は俺のまま、俺のなりたいアイドルになるんだ」 「……」 神宮寺は聖川から目を離せない。 聖川の本心に初めて触れた気がした。 そして、こうまで神宮寺のことを真っ直ぐに見つめてきた人間は、彼しかいないのではないか、とすら思った。 「聖川、」 何か返さなくては、と思っても、言葉か続かない。 しばらく沈黙が続いた。 「取り乱して、すまなかった」 聖川が歩き出す。 神宮寺もそれに続こうとしたら、手を差し出された。 「さあ、帰ろう」 「おいおい、手をつないて帰ろうってか?」 神宮寺が呆れると、聖川ははっとする。 「すまない。何故か、お前が泣きそうな顔をしている気がしてな」 聖川の言葉に、神宮寺は反射的に彼の手を掴んでいた。 ピアノを弾くそれは、細くしなやかで、ひんやりと冷たい。 不思議なことに、心が少し軽くなった気がした。 聖川は微笑んで、神宮寺の手を引いた。 「妹を思い出す。こうして、俺はどこにもいかないと言うと、安心して泣き止むんだ」 「俺はお前の妹じゃない」 「わかっている。こんな可愛くない妹がいてたまるか」 「念のため言っておくが、俺はお前より年上だぞ」 「わかっているさ」 からからと聖川が笑う。つられて神宮寺も微笑んだ。 寮に帰るまでずっと、繋がった両手は離れることがなかった。 全く、何をしているのだろう。 神宮寺は理解できない自身の行動に困り果てる。 ただ、浮かんだ素直な『抱きしめたい』気持ちは、大切にしていきたい。 そう噛み締めていた。 END |