knight dream
アイドル育成専門学校であるここ、早乙女学園に通う神宮寺レンは、図書室で頬杖をつき、座っていた。

向かいに座るクラスは違う同室の男、聖川真斗は、背筋をしゃんと伸ばしているものの、物憂げな顔をしている。

正反対の二人は争いが絶えなかったが、今は同じことを回想していた。


時は30分程遡る。




神宮寺、聖川は、学園長に呼ばれ、学園長室のドアを開けた。

「あ、マサたちも呼ばれてたんだね!」
「お前たちもだったのか」

部屋には一十木、一ノ瀬、四ノ宮、来栖が集まっていた。

「一体、なんなんでしょうねえ…」
「同室同士が集まってるな」

「大方、また何か学園長先生が企んでいるのだろうな」
「まあ、考えても仕方ないさ、」

「そうですね、学園長が来るのを待ちましょう」
一ノ瀬がそういった瞬間、独特なイントネーションで、伝説のアイドルだった男、学園長が現れた。


「YOUたちCD出しちゃいなYO!!!」

「!」

六人は一斉に天井に目を向ける。
毎回奇想天外な登場をする学園長だが、今回は比較的普通だった。

天井から驚きの身のこなしで、座り心地の良さそうな椅子に座り、学園長は続ける。

「同室の二人組で、CDを出しマース。オーディションCDデース。YOUタチは、学生であれど、光るものをモッテマス。ダイダイダイバッテキでーす。場合によってはデビューも考えマース!」

「え!学園長!本当ですか!」

一十木が目を輝かせた。

「やったー!トキヤ、頑張ろうな!」


「ただーし、条件がありマース!YOUたちは、ソロの曲を作詞するのデス!それも、お互いの歌が関連するように意識するのデース!」

「作詞は授業で習っているし、大丈夫!トキヤ、一緒に考えよ!」
「やれやれ…まあ、でも、チャンスにはかわりないですね」

「ふーん、なんか、面白そうじゃん?」
「そうですねー」

様々な反応を見せるが、各々やる気を持ったようだった。
ただ一組は、不穏な空気を発していた。

「納得できないね」
「神宮寺」

「ンン!?ドウシタンデス!?」

「大体どうしてこんな奴と一緒にCDを出さなきゃいけない?百歩譲って出したとしても、何故互いの歌詞まで意識しなきゃいけないんだ」
「それは、CD一枚で、そのストーリーというものがあるからだろう。」

「聖川」
神宮寺は驚きを隠せない。
いつも敵対している聖川も、同じように感じていると思っていたのだ。

「学園長先生、やらせてください。」

聖川が頭を下げた。

「神宮寺はいいデスかー?」
「……仕方ないね、やってやるさ」

これでは自分だけが駄々っ子のようではないか。
神宮寺は渋々了承した。


と、以上のようなことがあり、神宮寺は来たこともなかった図書室で、同室の聖川と作詞をしているのだった。

「なあ、聖川」

フレーズか浮かばない。
神宮寺は聖川の睫に目をやりながら、彼の名前を呼んだ。

「どうした?」
「お前は本当に良かったのか?」
「どうしてだ?まだデビューをしていないのに、CDを出せる。すごいチャンスじゃないか。」
「でも、俺とだ」
「それがどうしたんだ?」

はっきりさせないと、気になって作詞も出来ない。
神宮寺は意を決して本音を伝えた。

「だってお前、俺のこと嫌いだろう。俺みたいに、不真面目なの。」
「最近は真面目に授業に出てるじゃないか」
「そういう問題じゃない」

神宮寺が強めに言うと、聖川はこちらに目を向けた。
しばらく考えた後、言葉を選んで紡ぎ出した。

「確かに、一人で、自分だけの色を出したいとも思っている。しかし」

聖川は真っ直ぐと神宮寺を見据える。
神宮寺はバツが悪く視線を落とした。


「俺はまだまだ未熟だし…それに、面白いとも思った。」
「面白い?」
「俺とお前の歌で、どのような一枚になるか、とな。」

神宮寺は耳の裏をかきながら、聖川の言葉を聞いていた。
不思議と胸が軽くなる。

「恥ずかしいやつだな」
「そうか?」

聖川は神宮寺の照れ隠しを知ってか知らずか、温かな微笑を浮かべた。


「さあ、とりあえずは作詞を始めよう。メロディは聞いたか?」

「ああ。」


学園長からそれぞれの曲は渡されていた。
聖川はバラード調、神宮寺はラテン調で、互いのイメージと合っている曲調であった。


「考えていたのだが…学園長は関連を持たせるよう言っていたよな?」
「ああ」
「だからまずは…メロディを聞いたイメージを…」

「ちょっと待ってくれ、聖川」

「?」


神宮寺の制止に聖川は首を傾げた。歌について話すと饒舌になることを意識していない。
聖川は天然なのだ。

「そもそもお前はいつもどのように作詞をしてるんだ?」
「俺か?まず、メロディが先にある場合は、それを聞いて浮かんだイメージを定義し、伝えたいテーマを決める。その後、一音一音に言葉を当て嵌めていく。」
「まどろっこしいな…」
なるほど、作詞においても几帳面な人間だ。
神宮寺はシャープペンをこめかみにあてながら首をひねる。

「神宮寺はどうなんだ?」
「俺は曲を聞いて浮かんだ言葉をそのまま乗せるね、イメージとかテーマとか…難しいことは考えない」

「しかし、それでは全体が」

「うーん…なあ、聖川、一回自由に書いてみないか?」

「それでは、関連は?」


「お前も同じように感じていると思うが、俺たちは大分、正反対だろう?」
「……」

「別に悪い意味じゃあない。財閥の長男と次男、真面目なカタブツと不真面目なフリーマン、アイドルになりたいお前と、一番を探している俺、」
神宮寺は自嘲気味に笑う。
聖川は真剣な瞳で見据えていた。

「そんな二人が各々、自由に書いてみたら、対比という形で関連しないかな、と思ってな。作詞の方法は人それぞれだし、やりやすいのが一番だろう?」

「確かにそうだな。」

聖川も納得したようで、それぞれがまずは、好きなように作詞をすることとなった。神宮寺はメロディを頭に浮かべながら、言葉を乗せていく。
まとまった思いとか、意図とか、そういうことは考えない。
耳に聞きやすく、自分の声の良さが伝わるフレーズを造り出していく。
みんなに見てほしい「神宮寺レン」を、演出する。

向かいの聖川を盗み見ると、唇を小さく動かしながら、人差し指でトントンと机を叩いている。
ピアノを弾く指先が思い起こされた。

「出来た!」

作詞が完了するのは同時だった。
互いに目を合わせ、出来た歌詞を交換する。


『騎士のkissは雪より優しく』

神宮寺は聖川の書いた歌詞を見る。

『心のダムがせき止めた・幾千のひた向きな・純白(しろ)い想いがそう・溢れだしてく…・どうしようもなく止められない』

騎士、優しく、と言っておきながら、大分熱い思いを綴っている。
神宮寺の感想だった。

驚きだったのが、示し会わせていないのも関わらず、神宮寺の書いた歌詞との関連が見えたことだ。
聖川を伺うと、彼も読み終わっていたようで、こちらに向かって深く頷いた。

「驚いたな」
「ああ」

「『悪魔のkiss』と『騎士のkiss』、『炎』と『雪』、『甘い吐息』、『天使のような吐息』、『ハートが壊れそう』、『熱いハート』、対象的なワードと、共通的なフレーズを想起させる。どちらも愛する人への思いを歌っているし……」

「これで、OKじゃないか?曲調も対象的だし」
「ああ。いいと思う。お前と俺の色が、よく出ている。」

聖川は満足そうに微笑んだ。
神宮寺は照れくささに頬を掻いた。



作詞を終え、二人は校舎を出た。
辺りは既に薄暗くなっている。
風の冷たさに身を震わせ、神宮寺は口笛を吹いた。


「思ったより早く終わって良かったな」

「ああ。まあ、明日先生方の評価を聞いてからではあるが。なあ神宮寺」

聖川は相変わらず真面目に答えながら、足を止めた。
神宮寺が後ろを振り返ると、薄闇の中真剣にこちらを見つめる聖川がいた。


「お前は、良かったのか」

「何がだ」
「俺と組んで。」
「なんだ、そのことか」

神宮寺は伸びをして答える。
何か、爽快感のようなものが駆け巡る。
きっと、今の正直な気持ちだ。

「俺は別にどっちでも良かったよ。お前と俺は違う。俺は、お前みたいに、真剣にアイドルを目指しているわけではない」
言うと、聖川は落ち着いた声で答える。

「しかし、俺のことは嫌いなんだろう?」
「嫌いではないさ、ただ、少し、わかりあえないというだけで。別に、仕事に支障はないだろう?」

「神宮寺、俺はお前を信用していない」


神宮寺は目を見開く。
何を言っているんだ、こいつは。
人がせっかく穏便に進めようとしているのに。


「正確に言うと、お前の言葉をだ。お前の歌詞に、あっただろう。『白いシーツの中の孤独は・溶けてなくなっていく・もう離さない強く・夢と君を抱きしめたい』」

「……」


「俺は、お前の本心がこの歌詞にあるように感じる。神宮寺、お前は本当に、アイドルになりたくはないのか。」


いつも落ち着いている聖川の声が少し上擦る。

神宮寺は、自分自身の気持ちが分からなかった。
生まれた歌詞は、自分自身の言葉だ。
けれど、熟考したわけではなく、メロディに自然と乗っていたフレーズだ。
そこに、自分の意思はあるだろうか。


「わからない…」

「抱きしめたいのだろう?」


「……、俺は、お前とは違う」

「違っていいじゃないか。俺はお前が羨ましい。その声も、オーラも、俺には出せない。お前が本気になったら、かなわないかもしれない」

「聖川?」

「でも、俺は俺だ。それは変えられない。俺は俺のまま、俺のなりたいアイドルになるんだ」

「……」


神宮寺は聖川から目を離せない。
聖川の本心に初めて触れた気がした。
そして、こうまで神宮寺のことを真っ直ぐに見つめてきた人間は、彼しかいないのではないか、とすら思った。


「聖川、」

何か返さなくては、と思っても、言葉か続かない。
しばらく沈黙が続いた。

「取り乱して、すまなかった」


聖川が歩き出す。
神宮寺もそれに続こうとしたら、手を差し出された。


「さあ、帰ろう」

「おいおい、手をつないて帰ろうってか?」


神宮寺が呆れると、聖川ははっとする。


「すまない。何故か、お前が泣きそうな顔をしている気がしてな」

聖川の言葉に、神宮寺は反射的に彼の手を掴んでいた。
ピアノを弾くそれは、細くしなやかで、ひんやりと冷たい。
不思議なことに、心が少し軽くなった気がした。
聖川は微笑んで、神宮寺の手を引いた。


「妹を思い出す。こうして、俺はどこにもいかないと言うと、安心して泣き止むんだ」

「俺はお前の妹じゃない」

「わかっている。こんな可愛くない妹がいてたまるか」

「念のため言っておくが、俺はお前より年上だぞ」

「わかっているさ」

からからと聖川が笑う。つられて神宮寺も微笑んだ。

寮に帰るまでずっと、繋がった両手は離れることがなかった。

全く、何をしているのだろう。
神宮寺は理解できない自身の行動に困り果てる。
ただ、浮かんだ素直な『抱きしめたい』気持ちは、大切にしていきたい。
そう噛み締めていた。

END


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