アフターファイブ

買い物を終え赴いた聖川の部屋は、1LDKで、独身の一人暮らしにしては余裕のある住処だった。神宮寺の部屋は、片付けが苦手で収拾がつかなくなることを防ぐために、極力物を増やさないようにしている。しかし、聖川の部屋は、必要なものが過不足なく揃っており、それでいて整然と置かれている。きちんとした生活感があり、居心地の良い部屋だった。

冷蔵庫に購入した食材を入れていると、聖川がいつもと逆だな、と幸せそうに微笑む。手伝う、と手を差し伸べられたが、妙に気恥ずかしく、神宮寺は断った。お前はリビングで寝転がっていろ、と言うと、わかったわかった、と軽く窘められる。

「待っている」

首筋に指先で触れられ、耳元で低音が聞こえたかと思うと、返答を待たずに聖川はリビングへと入っていった。変なところで、気を使う奴である。

神宮寺は触れられた箇所に手を重ね、暫し余韻に浸ったあと、肩までかかる髪の毛をヘアゴムで縛り、早速夕飯の準備を開始した。

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料理が出来る人間は、仕事も出来るというよな。

そうぼんやりと思いながら、神宮寺はパスタのゆで汁をフライパンに流し込んだ。瞬間白く泡立ったかと思うと、ニンニクの良い香りが鼻腔に届く。これは乳化、といって、水とオイルがパスタの小麦を媒介に、混ざり合って美味しくなるのだという。

携帯電話でこっそりと作り方を見ながら、たどたどしく作り始めたときは、いったいどうなることかと思ったが、結構うまくいったようだ。満足げにパスタを味見し、茹で具合を確認後、ソースの中に絡めて行く。

すでにサラダは準備済みだ。なかなか俺だって、段取り上手く進めてられているだろう。
ふ、っと笑みを零しながら、神宮寺はフライパンを揺らしソースを和えていく。

「うまいものだな」
「うわあ!」

気がつくと、聖川が後ろで神宮寺の様子を観察していた。

「お前、いきなり話しかけるな」
「集中していたからな。話すかどうか悩んでいた。でも、もういい頃だろう」

聖川がフライパンに目をやり、肩をすくめる。ああ、そうだな、と神宮寺は頷き、火を止めた。すると、待っていたとばかりに、後ろから抱きしめられる。

「聖川?なんのつもりだ」
「髪をあげているのだな」

首筋をあまがみされ、開いたシャツのボタンから手のひらを挿入される。ひんやりとした感触に身を捩じらせながら、神宮寺は聖川の手首を掴んだ。

「質問に答えろよ」
「なんてことはない。スーツで料理している姿に、そそられただけだ」

悪びれもなく答えられて脱力しながらも、甘い声に喜んでいる自分を自覚して、神宮寺は自分の理性を情けなく思う。これでは、なんというか……付き合いたてのラブラブカップル、のようではないか。

「ほら、バカなことをいっていないで。食べるんだろ?」

聖川のさらさらとした髪を撫でながら、神宮寺は困ったように笑った。すると素直に体を離し、パスタ用の皿を準備してくれる。こういうところは、年下っぽいな、と微笑ましい。

準備を終え、二人席につき、一日の最後の食事の時間が始まった。

「どうだ?」
「うまい。神宮寺、料理できたのだな」
「お前なあ、俺だってこれでも、一人暮らししているんだ」

意外だと呟きながら、さらにパスタを口に運ぶ聖川に、ほっとしながら、憎まれ口を返す。

「しかし、外食ばかりだというから」
「一人暮らしで働いている男なんて、大体そんなものだろう。お前が異常だよ」

もともと聖川の家で一緒にご飯を食べるようになったのも、外食が多いという神宮寺を心配してのことであった。その思いやりに対して何かお返しがしたいというのも、聖川に料理を作ってやりたいと思った理由の一つかもしれない。

「まあ、たまにはこうやって、作ってやってもいい」

神宮寺が視線をそらしながら言えば、聖川は花のような笑みを浮かべた。
幸せ過ぎて怖くなる、というのは、こうした状況かもしれない。





 

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