未来
「驚いた」
聖川が神宮寺の目尻を指で拭ってやりながら、目を見開く。あまり見たことのない表情だ。
「何がだ?気付いたら、出ていたけれど」
「涙もだが、お前の表情だ。」
「表情?」
聖川は頷き、言葉を模索しながら続けた。
「自分がひどいことをしているような気になった。切なげで一途で、それでいて妖艶で…」
頬を撫でられ、心地よさに目を瞑りながら、神宮寺は不敵に笑う。
「いつもと同じじゃないか」
「そうか?」
「あと、実際お前はひどいことをしているんだよ」
「役の上だろう?」
神宮寺は肯定も否定もせず、聖川に抱きついた。
役の上で、聖川は神宮寺の気持ちに答えないまま、神宮寺を抱く。そして、神宮寺を置いていく。 分かりやすく、それはひどい行為と言えるだろう。
けれど、現実の二人の関係においても、この行為はひどいことだと思っている。
ぎゅっと、聖川は背中に腕を回す。吐息が耳にかかり小さく喘いだ。
快楽の奥底に常に罪悪感と不安感が潜んでいる。
性別なのか、性格なのかはわからないけれど、聖川の将来を奪っているのではないか、という感情が浮かぶ。未来を確約できなくて、自分も相手も、信じることができない。
そんな思いや迷いを無視して、神宮寺の中に聖川は深く入り込むのだから。
指を絡め、聖川を見つめる。
感傷に浸ることを強い彼は許さないだろう。強いことは合理的でいられること。神宮寺には無理なことだ。
「すまなかった」
「なんだ、いきなり」
聖川の謝罪に神宮寺は驚く。聖川は上唇に軽く触れるだけのキスを落とした。
「また泣きそうな顔をしていた。今のは役か?わからなくなるな」
「演技だよ」
神宮寺か悪戯に笑いながら、お返しのキスをする。
「愛している。さっきは言えなくて、もどかしかった」
「よくなかったか?」
「よかった。けれど、幸福な感じではない」
もうあまりやりたくない、聖川がそういうので、神宮寺は少し意外だった。最後の方は自分よりも楽しそうにしていたというのに。
そして思い出す。聖川は、ハッピーエンドが好きなのだ。
「わかった。今度は未来を想像しよう」
神宮寺は提案する。聖川は興味深く目を見開いた。
「お前は戦場から無事に帰ってくる。俺は彼女にお前への思いを告げている。さあ、お前はどちらを選ぶ?」
「決まってるだろう、」
悩む間もなく、聖川は神宮寺に口づけた。
幸いに、物語には彼の生死も、残されたものの状況も、明確には描かれていない。
創作物の未来なら、ハッピーエンドを想像できるのに、ひどい話だな、などと、シニカルに笑いながら、神宮寺は聖川とシーツの海に沈んでいった。
END
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