想像
空調が効いたベッドルームで、二人抱き合う。
シャワーを浴びた後なので、裸でも肌寒さは感じなかった。
「なあ、役になりきってみないか?」
神宮寺の何気ない提案に、聖川は真面目な表情になった。
「どういうことだ?」
「だから、今演じている役になりきるんだ。お前は戦争に行ってしまう海軍将校殿で、俺は地元のレスキュー隊員。」
言葉にすると、何だか楽しそうで、神宮寺は心踊るのを自覚した。最近はマンネリ化していたから、こういう趣向も良いだろう。
しかし聖川は乗り気ではないようで、うーん、とうなり声を上げた。
「二人は、幼なじみの女性を取り合うライバルだぞ?こんなふうに裸で抱き合いなど、しないだろう」
「そうかな?女性が間に入っているが、俺たちだって幼なじみだ。それに、彼女には言えない共通の秘密を持っている。」
「秘密?」
「恋情だ。お前は常に、彼女の気持ちに答えることで、俺に罪悪感を抱いていた。それを自覚した上で、彼女を捨てて戦場へいく。彼女なんかより、よっぽどセックスに発展する仲だと俺は思うね」
神宮寺の解釈に、聖川は真面目な顔で頷いた。
神宮寺が一人称で主張するせいか、聖川も段々と自身の役に入り込んでいくような心地がした。
「なるほど、確かに一理ある。けれど俺は、彼女を一番に思っているはずなのだ。戦いに行くことは、結果的に彼女を守ることに繋がる。それに、お前への罪悪感からも逃れられる。これが正しいことだと思う。けれど……」
聖川は神宮寺の頬に手で触れた。苦しげな表情が色っぽいと感じる。
「俺はなぜ彼女ではなく、お前に戦争に行くことを告げたのだろう。彼女にとっては、ひどい裏切りだろうに。」
「彼女の話はやめろよ」
神宮寺は聖川の手のひらを掴み、ぐっと体を密着させた。
「お前は彼女に咎められるのが嫌だったんだよ、傷付いた彼女の顔を見たくなかったんだ。けれど、俺に言ったのは誤算だったな」
「お前がやめろと言ったのに、お前が彼女の話をしている」
「うるさい。勝てないことはわかっていたんだ。けれど、お前の思い通りになるのも癪だった。だからこうして、今ここにいる」
神宮寺は感情が高ぶるのを自覚した。目尻に溜まる涙を見て、聖川は驚きの表情を見せる。
「お前は、俺のことを……」
神宮寺は聖川の言葉を唇で遮り、無理に笑顔を浮かべる。
「生きて帰ってきたら、教えてやる」
耳元で強がりを囁くと、聖川は優しげな表情で、神宮寺の首筋にキスをした。
*
「くっ、……」
荒々しく腰を打ち付けられ、神宮寺は息をつめる。
「お前の中、熱い、な……」
「黙れ、よ」
背中を駆け抜ける快感に眉をしかめながら、仏頂面の聖川に手を伸ばした。向かい合わせで、互いの吐息も、強すぎる快楽の表情も、全て至近距離で観察することができる。
この体位は失敗だったかもしれない。内壁を擦られる感覚に耐えながら、神宮寺はぼんやりと考えた。自分が演じる役だったら、きっと、彼と見つめ合うことに耐えられなかっただろう。
額に汗を浮かべながら、快感を求める聖川はひどくセクシーだ。神宮寺は目を離すことができず、誘うようにキスをした。 ああ、また失敗だ。役だったら、愛し合っていなかったら、きっとキスなんかしないだろう。
聖川は酔いしれるように目を瞑り、キスに答えてくる。
演技なのか、真実なのか、限界の近い頭では判別がつかない。
「なあ、教えてくれ」
「っ、なんだ、よ」
「お前の気持ちを」
「はっ、何言って、しつこいぞ」
帰ってきたら、教えるといったはずだ。
どうやらまだ、お遊びは続いているらしい。けれど聖川の指先は、普段のように優しく神宮寺の体をなで回した。
薄く色付いた乳首をきゅっと掴まれ、胸全体を揉みしだかれる。神宮寺は小さく声を上げ、顔を左右に振る。
「お願いだ。聞いたら俺は、彼女ではなくお前に伝えた意味が、わかるような気がする」
言葉だけは演技のまま、聖川は意地の悪い笑みを浮かべていた。味をしめたのだろうか。このやろう、神宮寺は小さく舌打ちをし、イかせてとねだった。
「なあ、教えてくれ」
耳朶を食まれ、内壁を擦られ、焦れったさにもうどうにでもなれ!と叫びたくなる。
けれど、自分から振った勝負に降りるのは悔しいから、神宮寺は精一杯切なげな表情で声を上げた。
「うるさい!しつこい!俺は……、俺は、お前になら傷付けられても、泣かされても、いいと思ってるよ……」
意識せずに、一筋涙がこぼれ落ちた。聖川は一瞬虚を突かれた表情を浮かべ、その後は懺悔するように神宮寺を抱き締めた。
指を絡め、体を重ね、二人高みへと昇っていった。
*
空調の効いたベッドルームで、二人息を整えている。
愛の言葉を交わさなくても、達することができるのだ。神宮寺は思考を巡らせる。
当たり前のことを、ずっと忘れていた。瞬間、視界がクリアになった。演じている自分から解放されたのだと自覚した。
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