I remember you
ぼくは一度だけ、男を抱いたことがある。
I remember you
幼い頃からアイドルに憧れていた。
キラキラとした笑顔、歌、ダンス、衣装。周りを幸せにしてくれる存在。自分もそんな風になりたいと、アイドルの真似をしては、家族や友達、家がやっているお弁当屋さんに来るお客さんを楽しませたりしていた。
偶然スカウトされて、人気が出た後に、すぐに鳴かず飛ばずになり。
将来に悩み、自暴自棄になったりした。愛想だけはよかったから、それなりに女の子と遊んだりもしていた。女の子は好きだから、それはそれで楽しかったけれど。
見兼ねた龍也さんの勧めで、早乙女学園に通い始めてすぐ、ぼくはアイネに出会った。
彼はぼくと違い真面目で、努力家で、色々なことにこだわりが強かった。
線が細く、声も見た目も一般的な男とはかけ離れていた。まるで、地上に降りた天使のような、神秘的で不思議なオーラを放っていた。
自分とは正反対のアイドル性を持っている彼を、ぼくは羨望の眼差しで見ていた。嫉妬と言ってもいい。
芸能界に早くからいたから、それなりに自信はあったけれど、彼の傍に立つと自分のちっぽけさが際立って、辛かった。
もちろん、そんな素振りは少しも見せず、仲の良い友達として接していた。
「嶺二、抱いてくれないか?」
学生時代、一度だけ。 アイネに誘われた。
誘われた、という軽いものではなかっただろう。
アイネはアイドルを目指すような自己顕示欲の強い、同年代に比べて成熟したクラスメイトたちの中で、異端といっていいほどウブで、浮いた存在だった。きっと、女性経験は愚か、恋すらしたことはなかったのではないか。
記憶を正確に辿ると、あれは、体育祭が終わった後の放課後、誰もいない教室。
実行委員で残っていたぼくが教室に戻ると、アイネが何か思い悩んだような表情で、窓際の席に座っていた。
扉を開けたぼくに、アイネは目をやり、こくん、と唾を飲み込む。
「アイネ?まだ残ってたんだー?ぼくちんのこと、待っててくれたの?れいちゃんうれしー!」
唯ならぬ雰囲気を敢えて壊すように、軽口を叩き、アイネの方に歩み寄る。と、彼は勢い良くイスを引き、立ち上がった。
「嶺二!」 「ん?」 「僕は……、僕は」
ぼくは次に紡がれる言葉をなんとなく察していた。面倒だな、と思うと同時に自分が見えないなにかに勝利したような、的外れな誇らしさがあった。
才能も人間性も、何もかも敗北している彼に、ぼくを惚れさせることに成功したのだ。
意識と無意識の半々で。傷ついていたり、落ち込んでいるアイネに優しい言葉をかけた。美味しい食事に誘ったり、話を聞いてやったりした。彼がほしいだろう言葉、彼のしてほしいことを、先回りして行動していた。ただの友達には、いくらサービス精神のかたまりのぼくでも、そこまではしない。
「僕は、嶺二のことが好きだ」
アイネの瞳が、夕日に当たってキラキラと輝いていた。揺るぎない決意がそこには込められていた。ぼくは圧倒されながら、何度かシミュレーションしたことのある台詞を言おうとした。
「アイネ、ぼくは……」 「いいんだ、嶺二は、そんなつもりではないということは分かっている」
シミュレーションはうまくいかなかった。アイネはふるふると首を振り、ぼくに続きを演じさせてはくれなかった。
「僕が、君の優しさに勝手に勘違いしているだけなんだ。それに、僕たちはアイドルの卵だ。恋愛をすることは出来ない。だから、その……」 「アイネ?」
アイネの目元がほのかに赤くなる。ぼくは胸がざわつくのを自覚しながら、アイネを挑発するように上目遣いで言葉の続きを促した。
「また、嶺二の優しさにつけ込むことに、なるかもしれない、けれど……」
アイネは、まっすぐとこちらを見つめた。彼はいつもまっすぐだ。ズルすることを、知らない。逃げることをせず、相手に、自分自身に、常に立ち向かう。
「抱いてくれないか?」
今度はぼくが唾を飲み込む番だった。 こうしてぼくは一度だけ、男を抱いた。
★☆★☆★☆★
「んー……」
がさがさという物音に、ぼくは目を覚ました。段々と焦点が合う視界の先には、同じ事務所の黒崎蘭丸が外出用の服に着替えているところだった。
「ランラン、もう行くの?」 「もうも何も、一回家帰らねえと。仕事がある」
低いドスの効いた声はまるで苛立っているようだが、彼の場合は平常運転だ。最初はさすがのれいちゃんもその態度に度肝を抜かれたが、彼の経歴を知れば納得できた。
黒崎財閥という名家である実家の衰退に、父の死、数回のバンドの解散。ぼくなんかよりよっぽど数奇で、影のあるアイドルみたいな人生だ。言ったら、ふざけるなと怒られそうだから、言わないけれど。
特に鍛えているなどとは聞かないけれど、均整の取れた肩から腕の筋肉と、うっすらと割れ目が見える腹筋は男でも惚れ惚れするほどだ。ぼくはゆっくりと身体を起こし、伸びをした。
「ふあー、じゃあぼくちんも準備しようかなー」 「おう」
ジーンズを履きながらランランは気のない返事をする。特に何も気にしていない、普段通りの素振りだ。
一度だけ男を抱いたぼくは、アイネが失踪してから、男に抱かれるようになった。
最初はアイネがぼくのせいで失踪したことの、贖罪だったと思う。けれど、抱かれることを覚えたら、段々と自分と、自分に抱かれるアイネがシンクロし出して、汚されている感覚が快感になるようになった。いつしか麻薬のように、やめられなくなっていた。
まさかランランと、こんな関係になるとは思っていなかったけれど。
「ランラン、ちゅうしよー、ちゅう」
「あ?めんどくせーな」
立ち上がったランランのシャツの端をぐいと引っ張れば、イヤイヤながらも答えてくれる。
強く吸い付かれて気持ちがいい。女嫌いと言っていたけれど、ソッチの経験は豊富のようだった。
うっかり彼に、男遊びがバレて、なんなら俺とするか、と誘われた。 ランランもちょうど、面倒臭い女の子に引っかかり、うんざりしていたらしい。
性欲解消のための、愛のない関係。 自覚しているはずなのに、彼のキスは甘く、セックスは優しい。
言葉少なで何を考えているかわからないところがあるが、自分よりも余程、情のある男なのだろうと思う。
「ぷは、、」 「嶺二…」
やっと解放された唇から酸素を求め息を吐く。ランランは引く色っぽい声でぼくの名前を囁きながら、ぼくの襟足をそっと撫でた。細められたオッドアイは、ぼくをとらえて離さない。
「な、に…?」 「今日は言わなかったな」
きゅ、っと髪を引っ張られ、後ろに身体が倒れたかと思うと、ランランは素っ気なく立ち上がった。
「ランラン?」 「ひどくしろ、って言わなくなったな」
ニヤリ、と含みを持たせて笑った後、体を翻し部屋を出て行った。
「はあ…?」
ひどくしろ?
ぼくちんそんなこと言ったっけ?
ぼくはぽかん、と口を開けたまま、閉じられた扉を見つめていた。
end?
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