恋想う唄
目を覚まし、隣を見ると神宮寺はうつ伏せで、こちらに背を向け眠っていた。
反対側を覗き込むと、長いまつげが頬に影を落としている様が彫刻のように綺麗だった。静かに規則正しく呼吸する唇も、普段は殆ど憎まれ愚痴しか発せられないなんてことが、嘘みたいだ、と思う。
そっと布団から抜け出し、カーテンを開けるのは辞めた。四ノ宮とクリスマスケーキを作る約束をしているので、支度を始めなければいけない。丁度良いので、朝食の準備もしてしまおう。
枕元の携帯電話を手に取り、Twitterの画面を開く。その存在は知っていたが、使ったことはなかった。クリスマスイブの企画ということで、ST☆RISH全員が、今日の行動などを呟くことになっている。普段あまり携帯を使用しない聖川は、電話とメール以外で携帯を使うことに、なんだか違和感がある。
昨日試しに呟いてみたが、これでファンの方々が喜んでくれているのか、少し疑問だった。
それに、スポンサーの関係で契約したスマートフォンで、たどたどしく文字を打つ姿は、客観的に見ても間抜けなのではないか、と不安だ。
一方神宮寺の方は、昨晩遅くまでTwitterをしていたようだ。手元の画面には、神宮寺の呟きだけがずらりと並んでいる。
質問コーナーとは、神宮寺らしい企画だ。確かに、ファンの方々が、自分の質問が採用されたら嬉しいし、コンサートなどで会うよりも、より近しいコミュニケーションになる。
下着の色など、驚くような質問も飛んでいたが、神宮寺はいつものように、当たり障りのないスマートな返答をしている。
神宮寺のサービス精神は、目を見張るものがある。天性の才能なのか、生まれついての博愛主義者の彼は、何を伝えるにも躊躇してしまう聖川とは正反対の性格だ。
聖川は、しばらく起きそうにない神宮寺の頬を一度撫ぜた後、共同のキッチンへと向かった。
***
「ふぁ……」
神宮寺は起きたばかりで働かない頭のまま、ぼんやりと白い天井を見上げた。ヒーターの音が控え目に聞こえる。寒くて目を覚まさないように、聖川がつけていてくれたのだろう。乾燥を防ぐために、アロマの加湿器までご丁寧にセットしてある。
昨晩は聖川が泊まりに来た。マスターコースが終わった後、また事務所の寮で1人暮らしを始めたが、都合が合うときは互いの部屋を行き来しているため、それほどさみしさはない。クリスマスは恋人同士で過ごす、なんて甘く純粋なこだわりも、学生時代に随分自由にしてきたし、あまり興味はなかった。
ゆっくり身体を起こし、枕元のスマートフォンを手に取る。CMに出演したことをきっかけに持ち始めたが、慣れるとPCもあまり必要ないくらいで、便利だと感じている。聖川は未だにフリック入力に慣れていないようだった。
Twitterの画面を開くと、既に各々が活動を開始していた。聖川は昨晩聞いた通り、四ノ宮とケーキ作りをしているようだ。朝ごはんもクリスマスを意識して、って……、普通の定番、和食朝ごはんじゃないか。まったく、天然で面白いやつ。
割烹着姿の聖川を思い浮かべたら、空腹を自覚した。誰か誘って、ブランチにでも行こう。
神宮寺はTwitterで、早速ある人物を誘った。
***
「貴様の運転はやはりいいな」
最近シャッフルユニットで交流を深めたカミュと近所のカフェに入る。彼も朝に弱いようで、妙な親近感だ。
大量のシュガーをジャリジャリとかき混ぜながら、カミュは優雅にコーヒーを口に含む。 「しかし、いいのか?」 「?何がだい」
カミュが無表情のまま、冷たい視線をこちらに向ける。
「日本のクリスマスというのは、恋人と過ごすものなのだろう?貴様は愛の伝道師というから、何人もの女性と代わる代わる過ごすものだと思っていた」
ぽかん、と神宮寺が口を開けると、カミュはにやりと唇の端を上げた。プロ意識の互いカミュのことだから、神宮寺の行動を当然理解しているだろうに、意地の悪い男だ。
「まあ、今年は企画もあったし、それに…、毎年クリスマスとかは、レディとデートっていうのはないんだよな。誰かを贔屓することになってしまうから。こうして友達と過ごすか、一人で過ごすかだよ」
特定の男、しかも実家も実生活もライバルの聖川とは過ごしてるケド。なんて心の中で呟きながら、神宮寺はへらりと笑う。カミュは、つまらないと言ったようにコーヒーを再び飲み落とした。
「案外寂しい男なんだな」 「余計なお世話だね」
やっぱりランちゃんよりも、付き合うには難しい男だな、なんて思いながら、神宮寺はホットサンドに噛み付いた。
「そうだ、シルクパレスのクリスマスってどういうの?教えてよ」 「少し待て。CDの宣伝をしておく」
真剣に文字を入力するその姿は、なんだか可愛いな、と神宮寺は微笑んだ。
***
「今日は冷えるな……」
聖川は白い息を両手に吐きかけながら、呟いた。ケーキ作りは、一ノ瀬の助けにより、無事に完了することが出来た。夜のパーティまでは時間があるため、それぞれ別れたのがついさっきのことだ。
Twitterを見ると、各々が好きに行動しており、性格が出ていて面白い。神宮寺はどうやらカミュ先輩とブランチに出かけていたようだ。珍しいことだか、きっとシャッフルユニットのことを意識してだろう。
俺はどうしようか、と考えていたら、いつの間にか寒空の下を散策していた。シャイニング事務所の寮と学園は同じ敷地内に隣接しており、学園までの道には沢山の花々が咲く庭園がある。時間潰しには最適だった。
本当は少し、残念な気持ちがあった。クリスマスは二人きりでゆっくりと愛を確かめ合いたい、なんて。
そんな恥ずかしい願望を口にすることは出来なかった。
神宮寺は女性に対してのサービス精神は素晴らしいものだが、男である自分に対してはあまりそういった面は見えない。
むしろ、何か恋人めいたことをすることには抵抗があるようで、聖川もあまり提案することはなかった。
ああ、でもそういえば、身体を重ねることには、最近はあまり抵抗はなくなっているな。
その点については全く不満はないのだけれど、身体だけではなく甘い時間を過ごしたい、などと言ったら、彼は困ってしまうだろうか。
そこまで考えて聖川は自制が働いた。二人の関係は仕事の上で絶対に気付かれてはいけないことだ。今日もTwitter上とは言え、仕事は仕事。アイドルである聖川真斗をファンに届けなければいけない。
気持ちを落ち着かせるため、一句でも考えよう。
***
「あいつ、どこをほっつき歩いてんだか。風邪引いたらどうするんだよ」
寮の部屋に戻り、ベッドに転がりながら、神宮寺は悪態をついた。何やらネタ探しにでも行ったんだろうが、つくづく真面目なやつだよな。
パーティまでの時間、二人で少しでも過ごそうと思っていたのに、予定が狂った。もぬけの殻の聖川の部屋に脱力しながら、そのまま彼の部屋のベッドを陣取っている。
そのうち帰ってくるとは思うが、クリスマスって日は今日しかない。やっぱり、そういった情緒のかけた奴だな、なんて思った後に、何をレディみたいなことを、と冷静に戻った。
カミュの言葉に挑発されたのだろうか?神宮寺はぐるぐると湧き上がる感情の理由を考えながら、スマートフォンの画面を凝視していた。
***
[クリスマス 空の輝き 恋想う]
出来た一句は、結局神宮寺のことを思い浮かべてしまっていた。全く女々しい男だな、と聖川は自重する。
恋というのは、不思議なものだ。自分のなかにこんなに激しい感情があったなんて、知らなかった。
直ぐさまリプライがきたと思ったら、神宮寺だった。驚き読めば、悪態を吐いている。ならばこちらも、と返信を打とうとすると、着信があった。神宮寺だ。
「どうしたのだ?」
電話の向こうは、少し拗ねたような声。時たま見せる甘えた態度が、聖川の心をたまらなく魅了する。
「お前、早く帰ってこいよ。外寒いだろ」
「いま帰ろうとしていたところだ。その、神宮寺」
「ん?」
「パーティまでの時間と、パーティが終わった後の時間を、俺にくれないだろうか」
はっきりとした口調で問うと、電話の向こうでふっと柔らかな息が聞こえた。
「お前の部屋、あったまってるから。早くこい」
プレゼントもあるぜ、と神宮寺が艶のある声で付け足した。聖川はほっと胸が軽くなる。
なかなか素直にはなれない二人だが、きっと想いは同じなのだ。
電話を切った後、指先まで冷たくなっていた事実に驚き、我ながら間抜けだと笑ってしまう。
聖川は足を早めた。
愛するあの人の元に、早く帰ろう。
Merry Christmas!!
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