1(Jinguji_side)
デビューを最近果たし、仕事なんかも順調に増え始め、聖川との生活にも慣れ始めた頃。
「なあ、聖川?」
「どうした?」
ゴロゴロとソファーに横たわり、リビングできっちり椅子に座る聖川に声をかける。
「お前、最近ピアノ弾いてる?」
聞くと、聖川は目をぱちくりとさせた。
『最近何だかとても気になるコト』
神宮寺は聖川の指が好きだ。気が向いたら、触れている。細いのに長くて、節だけがすごく発達している。爪は綺麗に切り揃えられていて、ピアニストの指だ。
「弾いてるよ、作曲のときとか」
「でも、この部屋にはピアノがない」
「キーボードはあるから」
「全然違うだろう」
「レッスン室で弾いているさ」
「ああ、そうなのか」
神宮寺は聖川の弾くピアノが好きだ。ただ、最近は聞いていない。学生時代はしょっちゅう聞いていた。安眠効果が素晴らしかったのだ。
「ピアノ聞きたい」
「レッスン室で今度聞かせてやる」
「えー」
「この部屋に置くには場所を取りすぎる。それに、防音じゃない」
「まあ、仕方ないか」
「お前、レッスン室たまには来いよ」
「えー」
事務所が所有しているレッスン室のことだ。聖川は決まった時間に通っているらしいが、神宮寺はあまり行かない。
レコーディング前に、サックスの練習に何回か行ったくらい。
レッスン室に行く理由を、弾かないと指が鈍るからと、聖川は言っていた。神宮寺は少し嘘だと思う。
聖川はピアノが好きなのだ。聖川と、ピアノがいっしょにいる空間が好きなのだ。学生時代から、その空間で眠っていた自分はただのおまけで、異物だった。ずっとわかっていた。
聖川は時々ひとりになる。
誰かといるときでも、みんなと歌っているときでも。
それが神秘的で、魅力なのかもしれない。
「なあ、聖川」
「ん」
「セックスしよう」
「ん」
直接的な誘い文句に、むすりとした顔のまま、聖川が立ち上がった。
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