キスキスインザタークネス※

夕方、日差しも少し和らいだ時間に、二人はマンションを出た。


近所の神社までの道のりに、いろいろな出店が並んでいた。暗くなってから花火も用意されているらしい。


神宮寺も聖川も、一般人離れした容姿で、さらに浴衣姿だったため、少なからず目立っていた。


しかし、地元の小規模な祭りのため、たまに振り返られるくらいで、人目はそれほど気にならない。


「聖川、何か食べるか?」
出店の中を歩きながら聖川に問うと、彼は珍しく視線をキョロキョロと巡らせている。


「りんご飴、ブドウ飴、チョコバナナ、…」


「甘いものばかりだな」
甘いものが得意ではない神宮寺が苦笑いすると、聖川がはっとこちらを向いた。


「いや、看板を読んでいた」


「珍しいか?」


「ああ。なんだか楽しいな」


神宮寺もそれほどこういった祭りの経験がなかったため、聖川の受かれる気持ちは理解できた。


「あまり来たことない?」

「子供の頃は、危ないことはするなと言われていたからな」


聖川の少し寂しげに揺れる瞳は心の奥底に眠る古い傷を想起させる。財閥の跡取りとして大事に育てられてきた聖川だが、アイドルとなった今その思い出は単純に懐かしめるほど、無責任ではなかった。


一方の神宮寺がそれほど日本の祭りに明るくないのは、ちょうど幼い頃はよくジョージに連れられ、海外を遊び回っていたからなどという、深刻ではない理由だった。


しんみりとした空気に神宮寺は聖川の手を引き、驚きに変わる彼の表情を覗き込んだ。


「神宮寺?」


「いこう、聖川。欲しいものは全部買ってやる。」


幼少期は、神宮寺が兄のように振る舞っていた。いつからか立場が逆転してしまっていたが、この時の聖川の笑顔は、可憐でいじらしく、まるで子供の頃に戻ったようだった。






花火の音が遠くに聞こえる。


祭りの喧騒からは離れた神社の生垣に二人腰を下ろしていた。


火薬の爆音は少し苦手だと聖川が言ったためだ。二人きりになれたことに、神宮寺は満足していた。


空向こうに、色とりどりの閃光が放射線状に浮かび、消える。


二人の横にはりんご飴、ブドウ飴、チョコバナナ…、たこ焼きやお好み焼きもある。とりあえず、目についたものは買って、祭りらしさを味わってみた。


「綺麗だな」

聖川が空を見上げて笑んだ。


「ああ。穴場を見つけられてよかった」


神宮寺も満足げに頷く。贈り物も出来たし、印象的な夏の思い出となった。


「神宮寺」


「ん?」


名前を呼ばれ、聖川の方を向くと、不意討ちのキスを落とされた。


「聖川?」


外でこんな風にスキンシップをしたことがないため、神宮寺は間抜けな声をあげた。


聖川がぐっと距離を縮め、頬に触れてくる。いつも通りの真面目な表情のため、気でもふれたのか、と神宮寺は心配になった。

「どうした?いきなり?」
驚いて、コメディのように上半身を反りながら聞くと、聖川は不服そうに唇を尖らせた。


「嫌か?」


「嫌というか、外だ」


「嫌じゃないなら、欲しい」


直接的な誘いに、神宮寺はますます心配になる。

「聖川、気でもおかしくなったか?」

「さあな。お前が言ったんだろう?欲しいもの何でもくれるって」

「俺が言ったのは、買ってやるだ」

「そうだったか」


聖川はさして気にする様子もなく、神宮寺を押し倒した。勝手な奴だと思いながらも、神宮寺は聖川から逃れようとは思わなかった。


「ん…」


再び唇が触れてくる。甘い香りが鼻腔を擽る。先ほど食べていたりんご飴の香りだ。


「っ、ほんと、どうした?」


神宮寺が吐息混じりに問うと、聖川はぺろりと自身の唇を舐め、再びキスをせがんだ。


「嫌なら言ってくれ、やめる」

荒い吐息混じりに、浴衣の右襟から手のひらを侵入させてくる。


周囲には誰もおらず、外にいる人間は花火に夢中だろう。何より、子供のように自身の欲求を口にする聖川を拒絶することは嫌だった。


御曹司として育てられた聖川がどれだけ自分を押さえつけてきたか、神宮寺は知っていたからだ。

「甘い香りがする」


聖川が首もとに顔を埋めながら、囁く。こちらを不安げに見つめる表情に、神宮寺は悪戯な笑みを浮かべ、ナキボクロにキスを落とした。


「リンゴ飴だろ」

「そうか」


上空でもう一度、花火が弾ける音が聞こえた。





「ん……ぅ」

「神宮寺……っ、」


夕方になり少し気温が下がったと言っても、まだじわりと汗が滲む。

互いに帯を緩め、裾から手を入れ慰め合った。聖川の浴衣から見える白い太ももから、汗か先走りか、水の玉が流れ落ちる。


眉をひそめ快感に喘ぐ聖川の表情はセクシーだ。普段は一方的に責めに耐えることが多いため、神宮寺は新鮮だった。


ペロリ、と聖川の唇を舐め、屹立の先端を指で擦る。ああ、舐めたいな、などとはしたない言葉を頭で浮かべながら、自分も高みに昇っていく。


「聖川……気持ちいいか?」

「あ、ぁ……もう」

「っ、俺も。一緒にイこ?」


聖川はこくり、と頷く。瞬間、手のなかに白濁が吐き出された。

「っ、」


神宮寺も同時に、先端から白濁を弾けさせる。痙攣を落ち着かせるように深呼吸を繰り返しながら、聖川と見つめ合った。


「イけたな」

「ああ」

「花火、打ち上げ成功?」

「馬鹿なことを言うな」

神宮寺の冗談に、聖川がクスリと笑った。そのまま、肩までずり落ちた浴衣を丁寧に着付け直してくれる。


聖川から誘った癖に、やはり都合のいい性格のやつだ。思うのだが、その優しい手つきに、神宮寺は安心してしまう。

「聖川も、乱れてるぞ」

「俺は大丈夫だ」


聖川はすっと立ち上がり、手早く浴衣を直してしまう。


「おいおい、余韻ってものはないのか?」


前々から思っていたことをつい口にしたら、聖川は悪かった、と、ついでのようにキスをした。


そして、たくさん買った縁日の食べ物を手にし、神宮寺に声をかけた。


「帰ろう、マンションに」


「はやいな。もう屋台はいいのか」


「ああ」


やれやれ、と思いながら、神宮寺は立ち上がる。


「足りない」


横に立つ聖川がポツリと呟く。


「ん?」

「足りない。マンションに帰ったら、その……」

珍しくまごつく聖川に、神宮寺は喜びを隠せない。


「いいよ、好きなだけ、くれてやる」

「ありがとう、神宮寺」

「打ち止めまでやるぞ、花火」

「下品だぞ、神宮寺」


からから、二人笑いながら帰路を急ぐ。

聖川にはくれてやる、なんて言ったけれど、本当は自分の方がたくさんもらっている。


神宮寺は思いながら、蒸し暑い夏の夜道を進んだ。



END



 

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