ハッピーハッピーショッピング

外に出ると真夏の日射しにくらりと意識が一瞬遠退く。


暑いのは苦手だ。長い髪をヘアゴムでくくり、暑い、と唇を尖らせた。


「お前が出ようと言ったのだろう。ほら、これを飲め」


聖川は困ったように笑いながら、ミネラルウォーターのペットボトルを神宮寺に手渡す。まだひんやりと冷たいそれを喉に流し込み、神宮寺は口元を拭った。


最寄り駅のショッピング街で、お目当ての浴衣を探そうと話し合い、二人は歩みを進めた。

さすがの聖川も、この暑さで遠出をするのは憚れたようだ。


駅に到着し、普段はあまり利用しないファッションビルに入る。

入り口のひんやりとした空気に汗が引くのが分かり、ほっとする。男性向けのファッション階に向かうためにエスカレーターに乗り込む。


そこは土地柄か、若者向けよりもファミリー向けの商品が多かった。夏休み期間であるが人はまばらで、家族連れが多いので、たとえアイドルであると気付かれたとしても、パニックにはならないだろう。


と言っても、まだ自分たちの知名度はそこまで高くはないのだが。


横目で聖川を見ると、真っ直ぐに前を見据え、目的の階に向かっている。

聖川の頭の中は、いつもクリアでシンプルだ。


「なあ、お前が何を考えていたか当てようか」


「なんだ?」


神宮寺が声をかけると、聖川は首だけでこちらを振り返る。

「男性ファッション階は三階だ。三階に行こう。」

「ああ、当たり前だろう」

神宮寺はやっぱり!と笑う。彼にはノイズがない。たとえあったとしても、その場で発信することはない。

「ああでも、それだけじゃないぞ」

「え?」

「お前に似合う色は何色か、考えていた」


聖川の不意討ちに、神宮寺はかっと頬が熱くなった。少し、彼を見くびっていたかもしれない。


そうこうしているうちに、目的の場所に到着した。


神宮寺は少し照れながら、フロアを見渡すと、季節物の特設コーナーが目に入った。

思っていたよりもたくさん浴衣の種類があり、神宮寺はほっとした。

「聖川、あっちだ」


指さし、聖川を見やると、聖川は目を見開き、驚いていた。


「聖川?」


「ああ、すまん、驚いた。浴衣もこういう風に売っているんだな」


聖川の言葉に神宮寺ははっとした。聖川からしてみれば、こんな一般大衆向けの浴衣売り場など、見たことなかったのだろう。よく考えると、浴衣などたくさん持っているだろうに、こんな安物を贈っても、無駄なものと思われるかもしれない。

そう考えると浮かれていた自分が恥ずかしくなった。こんなことなら伝統的な呉服屋でもリサーチしておけば良かった。もしくは少し遠出して、ここより少し敷居の高い百貨店とか…。


神宮寺が悶々と考えていると、聖川が一つの浴衣を手に取り、神宮寺に向けた。


「これなんかどうだ?うーん、お前は肌色が黒いから、難しいな。明るい色がいいと思ったが、派手になりすぎる」


真剣に悩まれ、神宮寺は吹き出した。


「どうした?」


「いや、なんでもない」

神宮寺は胸が軽くなる心地がした。聖川は本当に、ノイズのない、シンプルな男なのだ。





「これなんてどうだ?」


神宮寺は聖川に、濃紺にグレーの帯の浴衣を合わせた。


柄はシルバーの縦のラインが入っており、落ち着いたデザインだ。裾には控えめに秋桜が描かれている、なかなか洒落たデザインだ。


「そうか?」


「うん、いい。」


色白で上品な顔立ちの聖川に、ちょうどいい。神宮寺が力強く頷くと、聖川はふわりと微笑んだ。

「なら、それを買ってもらおうかな。しかし、俺はどうしよう。これは?」

聖川は、先ほどの白とは逆の、黒い浴衣を選んだ。帯は黒とグレーの格子柄で、現代風のデザインだ。あまり着ない色だが、意外とハマっているかもしれない。


「いいんじゃないか?普段より、クールに見えるな」


「そうか?じゃあそれにする」


神宮寺も少し照れ臭く笑いながら、二人レジに向かった。


普段は洋服の趣味も違うため、こんな風に二人で買い物をしたのは初めてのことだった。


悪くない。というか、くすぐったいような、誇らしいような心地がした。

祭りまではまだ時間があるため、一度自宅に戻ることにした。


隣の聖川はやはり真っ直ぐ前を見つめて歩いている。


神宮寺はスキップしたい気持ちを押さえながら、一歩一歩足を進めた。




 

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