乾杯、お手上げだ

「なあ、俺もお前に聞きたいことあるんだけど」

ベッドシーツに四肢を投げ出しながら、神宮寺が言った。手には缶ビールを持って、含みのある笑みでこちらを見る。


「なんだ?」

聖川は変わらず姿勢正してベッドに座っている。神宮寺が足を膝の上に乗せてくるので、ズボンが汚れると身動いだ。


「お前、あの日のこと覚えてるんだよな?」


「ああ、今さっき話していただろう」


含みのある言い方に、聖川は不思議に思いながら答えた。


「じゃあ、俺にキスしたことも?」


神宮寺の反撃に聖川は一瞬固まり、危うくビールを落としそうになった。

神宮寺は足をパタパタと動かし、聖川の膝を叩きながら、缶ビールを一気に煽る。


「俺はお前がわからないよ。聖川」


神宮寺は不意に真剣な表情になった。


「綺麗ですました顔して、常識から外れたことはしない、なんて態度で説教しながら、ホテルにまでついてきたり。何かと思えば男にやられかけた経緯を話せとか。お前、言ってることとやってることがチグハグだ。」


同じようなことをお互い思っていたわけか。
聖川は手に持つ缶ビールを一気に飲み干した。唇を手の甲で拭い、空いた缶をゴミ箱へ投げ捨てる。


神宮寺はその様子を見て、感心したように口笛を吹いた。


「起きていたのか?あのとき」


あのとき。聖川が神宮寺を助け、寝かせつけた後、彼の寝顔から目が離せなかった。


薄く開いた唇に、気付けば吸い込まれるように口付けを落としていた。


すぐに正気に戻り、離れたけれど、まさか気づかれていたとは。


あの後、聖川は自分の行動が理解できず悩んだ。理由はわからないまま、都合の悪い記憶には蓋をしていた。


「唇の感触のようなものを、おぼろげながら感じたんだ。ほとんど寝てたよ」


やはり、神宮寺にだけ過去の扉を開かせるのはずるかったのだろう。聖川は正直に話そうと決意した。


「あのときはすまなかった。気づいたら、キスをしていた」


「無意識に?お前、男が好きなの?」


神宮寺の足が膝の上から股関へと移動する。聖川は神宮寺の足を掴み、移動させようとしながら続ける。


「そんな風に思ったことはない。ただ……」

「?」

「女性に対してもあまり思ったことがないから、わからない」

「ふうん」

神宮寺の面白いものを見るような目も、先刻から際どい場所をなぞってくる足の指も、もうどうにでもなれ、と聖川は早口に言葉を滑らす。


「そういうことも含め、はっきりさせたかったんだ」

「教えてもらいたい?」


神宮寺の指が、ズボンの中に侵入しようと移動する。


「神宮寺。さっきから、何をする気だ」

「何って、ナニだろう。話を聞いてると、もしかしてお前童貞?」

「なっ!」


直接的な台詞に聖川が怯む。と、気づいたら至近距離に神宮寺の顔があり……。


「っ……!」


キスをされていた。


唇が押し付けられて、反射的に腰を引かせると、腕をクッションにベッドの上に押し倒された。


「ふぁっ……む」


必死の抵抗むなしく、にゅるにゅると生き物のように口腔内をなめ回される。時々下唇を強く吸われると、体から力が抜けていった。このままではやばい。なにがかはわからないまま、聖川は神宮寺の体をぐっと押し返した。


「はあっ、いきなり何を」


やっと開放された唇を拭いながら、神宮寺を睨み付けると、こちらを不敵に見下ろして、鼻で笑った。


「やっぱり、童貞?キスが下手だ」


神宮寺の言葉に、聖川はため息を吐いた。


「そういう問題じゃない」

「じゃあやってみろよ」

神宮寺が目を瞑り、こちらに体を倒してくる。薄く開かれた唇からちらちらと見える赤い舌が卑猥だった。聖川は馬鹿なことを、と呆れながら、目を離せなかった。ちょうど、酒を煽ったのもいけなかったのだろう。


「完敗だ」


聖川はそう一言呟き、誘われるまま神宮寺の唇を塞いだ。形のよい唇はひんやりと冷たく、微かにアルコールの味がした。舌を差し込むと容易に扉を開き迎え入れてくれる。

整然と並んだ歯列を奥歯から丁寧になぞり、時折反撃をしてくる神宮寺の舌は思い切り強く吸い付く。


「ん……」


鼻にかけるような声を神宮寺が上げた。恍惚に響いたそれに少し満足し、神宮寺の体を抱き寄せた。


「やっとその気になったか?」


神宮寺は聖川の耳元でそう笑った。ぞくりと全身が粟立つ。止めろ、脳内はハザードをだし続ける。けれど体が言うことを聞いてくれない。


パンツの中に手を侵入させ、直接神宮寺の尻に触れる。適度に筋肉のついた形のよい尻だった。


「神宮寺……」


耳朶を軽く食み、両手で尻を揉みし抱く。神宮寺は擽ったそうに笑う。そして怪しい腰付きで、芯を持ち始めた屹立を聖川のそれに押し付け始めた。


「面白い。聖川ぼっちゃんは、お尻好きの変態だったってわけか」


「尻を揉まれて固くしているお前に言われる筋合いはない」


「そう、お前とおんなじものついてんだよ、俺。大丈夫なの、お前」


神宮寺の瞳の奥が、この時ばかりは意味ありげに光った気がした。聖川は何て言えば、彼のこの表情の陰りを振り払うことが出来るのか、想像もつかなかった。


「大丈夫かはわからない。だから、俺に教えてくれるんだろう?」


ぎゅっと、神宮寺の固くなったそこを握る。

結局自分の感情に正直に進むことしか、聖川にはできないのだった。




 

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