おはよう V
<旧校舎2階 多目的室>
「ふーん…で、牙介クンはせっかくお友達になってくれそうだった山道クンとやらを無視して、俺のところに来たわけだ」
牙介は目の前でパックのジュースをズコーと音を鳴らしながら飲む男──近江貴斗を前に、一応否定の言葉をいくつか言ったものの、有無を言わせないその支線に結局何も言えず貴斗の話に頷くことしか出来ずにいた。
それもそのはず、牙介は常日頃貴斗に『自分と普通に話してくれる友人が欲しい』と相談していたのだ。
あの山道通という青年は、きっと、多分、おそらくだが…自分と友人になろうとしてくれていたのではないか。しかし自分は、そんな山道の好意を弾き、あまつさえ差し出された手を弾き、あの場から逃げたのだ。
客観的に見ても主観的に見ても、自分は最低なことをしたと、牙介は今更になって頭を抱えた。
「あのなぁ…、コウが俺のこと大好きなのはよぉーくわかったし、ていうかめちゃくちゃ前から知ってるけど?クラスで友達つくりてぇならもうちっと頑張れよ」
「うるさい、誰もそこまで言ってない」
「俺の脳内のコウがそう言ってたの」
貴斗はそう言って喉を鳴らして笑うと、項垂れている牙介の頭を撫でた。
「で、その胸の高鳴りとやらだけど…あれじゃね?惚れたんじゃねえの」
惚れる。その聞きなれない言葉に牙介の体が大袈裟に跳ねた。
「ほ、ほれる…?」
「そう、お前が、山道に惚れた」
「は?……ッゲホッ、は、ほ、ほれる?!お、おおおれが!?」
「おお…おちつけって」
──俺が、山道通に、惚れた
なんとなく心の中で繰り返す。
すると今朝山道の顔を見てから胸の中でモヤモヤと立ちこもっていた何が、スッと晴れていく感覚を覚える。
────ああ、俺、惚れたんだ。
その“事実”は、思いのほか大きな抵抗もなくストンと牙介の胸に収まった。
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