四 胎動




「今日は水泳の授業の前に、転校生の紹介をします」


担任の教師が1人の少女を促す


「はじめまして、矢谷華菜と申します」


見慣れない制服に身を包んだ少女は壇上で頭を下げた
重力に伴って長い髪がパサリと床に向かって垂れる
転校生が物珍しいのか、児童たちはざわざわと沸きだった                                                     


(マジかよ…)


碧はまさか道で出会った少女が転校生として学校に来るなんて微塵も思っていなかった
ふと華菜と眼が合う
大きく釣り上がった瞳は碧をジッと見据えている
なんとなしに居心地の悪くなった碧はふいっと視線をそらした


「ねぇ、碧」


くいっと後ろに座った親友―寵が碧の服を軽く引っ張った


「あの子、碧の知り合い?」

「違う。オレはさっきまであの子の名前さえ知らなかった」

「でも、あの子ずっと碧のこと見てるよ」

「言うな、出来ればあんまり関わりたくないんだ」

「ちょ…初対面の女の子にその言い方は…」


碧の言葉に苦笑する寵


「矢谷さんの席は…あそこ、南野くんの隣よ」

「な…」

思わず小さな声でそう言う
幸い周りには聞こえていなかったが、そんな事は今の碧にとってはどうでも良かった


「よろしく、碧くん?」


にっこりと微笑む華菜だが、心無しかその笑顔は歪んでいるようにも見えた
刹那、背筋が凍るような感覚に陥る
慌てて背後にいる寵を見やるが、彼は何も感じていないようだった


「矢谷さん―だっけ?僕は浦飯寵。よろしくね」

「うん、よろしくぅ」


どことなく甘ったるいようなその語気はとてもじゃないが小学生には思えなかった
だが寵はそんなこと微塵も気にする事なくすっかり華菜と打ち解けている
その光景を他人事のように見詰める碧


「今日の1限目って水泳なんでしょ?」

「うん。あ、もしかして矢谷さんって水泳苦手…?」


華菜は大きく首を横に振って笑った


「逆。超得意」












*************************











冷たいシャワーを浴びてプールサイドへと移動する碧と寵
水泳の授業は大抵別のクラスとの合同授業だ
目の前に見知った後ろ姿を見つけて寵は声をかけた


「蛍明!」


その声に振り返る1人の少女
薄い水色の澄んだ瞳が印象的だった


「なんだ、お前たちか」

「“なんだ”って…」

「今日、2人のクラスに転校生が来たようだな」

「うん、矢谷華菜って言うんだけど…」


寵がそこまで言った時だった
蛍明は2人の頭を抱え込むと小声で言った


「あの子には近づかないほうがいい」

「え…なんで?」

「オレもそう思う。アイツ、多分人間じゃないよ」

「じゃあ、あの子妖怪?」

「知らない」

「ちょっと」

「妖気はなかった。勿論、霊気も。でも、アイツが持ってる“気”は人間のそれと違う」






「何の話してるの?」


凛とした声が背後から聞こえる
声のしたほうを見ると、長い髪を高い位置で結んでいる最中の華菜が立っていた
ニコニコと笑いながら彼らに近づく
本人に他意はないのかも知れない
だが、その笑顔が妙に不自然に見えた


「今日の放課後、屋上で」


蛍明は早口で2人に告げると自分のクラスの方へ戻って行った


「何の話してたの?」

「…華菜には関係ないよ」


他に言い訳も見つからない
碧はぶっきらぼうに言った
その言葉に華菜の表情がパァッと明るくなる


「初めて呼んでくれた!」

「…?」

「名前!」

「…ああ、」

「嬉しい!ありがとう!」


手放しに喜ぶ華菜は、ただの小学生と何ら変わらない
先程の歪んだ表情とは大きく違っていた
そんな笑顔を見せられるとほんの少しだけ躊躇ってしまう
碧が何か言いたそうに口を開きかけるが、その声は担任の集合をかける声によって掻き消されてしまった



「あとで、“御礼”をしてあげなくちゃ!」



言い残して華菜は碧達の元を後にした


(御礼…?)


嫌な予感が碧の中に過る





「今日の授業は25mのタイムを計ります。泳げない人はビート板を使ってもいいからね〜」


担任の声にぞろぞろと位置に着く児童達
碧もその例外ではなかった
運悪く碧の隣のコースに並んだのは矢谷華菜だった


「これって、タイムが他の人より早ければ早い程いいんでしょ?」

「…まぁね」


今の華菜の表情からは意図を掴むことが出来ない

担任が競泳開始の声をかける
その声を合図に一斉にプールへと飛び込む児童達



だが――――――




突然、プールの水が大きく渦を巻き始めた
泳ごうとした生徒達が何人か巻き込まれている


「!!」


児童達の悲鳴が上がる
碧は咄嗟に隣の華菜を見た
華菜は結んでいた髪を解くと――――あの歪んだ笑顔を碧に向けた







「ね?これなら君のタイムが遅くなる事はないよ」








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