壱拾七 満月



吹き飛ばされた華菜は懸命に自身の傷を癒そうとする
しかし、いくら精神を集中させてもその傷が癒える事はなかった


「なんで、なんで、何も変わらないの…!?」



華菜は全てを壊すことに特化している能力者だ
故に治癒能力は皆無に等しい
必死で世界構築を試みるが上手くいかない
華菜の力の限界なのか、バリアが音を立てて崩れ落ちた

息も絶え絶えの碧に梅流達が駆け寄る
蔵馬が薬草を召喚しようとするが華菜の能力が尽きようとしている為にこちらも上手くいかなかった


スッと桂が光に包まれた剣を取り出す
日本刀とは違い、華菜の盾同様豪華な装飾がされている



「華菜の盾は、全てを壊す力だ…
オレの剣はそれとは対照的に――」


剣を構え、碧を一閃する
小さく息を飲む梅流達だが、その後信じられない光景を目にする
碧の傷口が見る見るうちに癒えていく
数分も経たずに元通りになった


「オレの剣は斬りつけた対象者を癒す事が出来る」

「碧…!」


華菜と同じ世界の住人だからか、唯一世界に許された存在だからか――桂の能力は通常通りに使う事が出来た
梅流は感極まって泣きながら碧を抱き締める
普段なら恥ずかしくて人前でこんな事はさせにくい碧だったが、今日だけは母のぬくもりに身を委ねようと瞳を閉じた

傷は癒えたものの、シマネキ草等の魔界の植物は枯らすのが難しい
故に、未だに根や葉があちこちに身体に埋まっているような状態であった


「もう…!本当に、ぐすっ、無茶ばっかりするんだからぁ…!」

「ごめん、泣かないでよ母さん…」

「こればっかりはオレも見逃せないかな」

「同感、私もだ」

「と、父さんに兄さんまで…」




それはいつもと変わらない南野家の日常だった
この世界が、全てが偽物だなんて想像出来ない程に――



華菜の治療も終わった桂が彼女を抱きかかえ、こちらへと戻って来た
能力の反動か、シマネキ草の影響か上手く動くことが出来ないらしい



「…華菜」


桂がゆっくりと華菜を下ろす
今の彼女は何の力もない
この世界を、現状を、維持し続けるのがやっとだ

華菜は涙混じりの眼で碧を睨みつける
大して碧は柔和に微笑んで彼女を見た

その態度に僅かに華菜の怒りが和らぐ
フワッと碧の手に光が灯り、何事かとそれを見る

その手には、一輪の花が握られていた



「なに、それ…」



華菜が怪訝そうに眉を潜めた
碧はそっと花を彼女に差し出した


――黄色く、明るい太陽のような花――
小さな、向日葵だった


「アンタ言ってただろう。“デートなのに一輪の花もないのね”って
言われっぱなしは癪だからな」


そう言って碧はいつものような仏頂面に戻り、そっぽを向いた



「あ……」

「アンタの“花”に答えてやったよ。
だから、アンタはもうひとりじゃない」




華菜があの日、植物園で見ていたスカシユリ
その花言葉は――“私を見て”

対して今、碧が手渡した向日葵の花言葉は――




「“あなたを見つめている”、か…」



優しく蔵馬が呟く
華菜の瞳から涙が溢れ――ぽたりと零れた


- 29 -


[*Prev] | [Next*]
*List*


Home


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -