壱拾弐 百合




行く宛のない華燐と杢火は南野家に泊まる事になった
二人には来客用の客間を設けてある
今日は土曜日で学校は休みだ
いつもよりは眠っていられる…が、碧には気になる事があった

華菜の事だ

華燐と杢火、そして華菜とその兄が別次元の世界から来たというのならその4人は何かしら繋がりがあるのではないか
いや、単に巻き込まれただけかも知れないが聞いてみる価値はある
ふと時計を見ると8時を少し過ぎた辺りだった
さすがにもう起きているだろう、そう思って碧はもそもそとベッドから降りる

服を着替え、顔を洗いリビングへと向かう


「母さん、おは――…」


そこまで言って、碧は我が目を疑った
何度か瞬きをしてみるがどうやってもその光景が変わることはない
そんな碧に気づいたのか、リビングにいた人物はニコニコと碧に手を振った


「あら、意外とお寝坊さんなのね」

「なんでアンタがここにいる訳?」


間髪入れずに碧が尋ねる
そこにいたのは矢谷華菜その人だった
碧は小さくため息をつくと華菜の向かいの席に座った


「母さん、なんでコイツ家にあげちゃったんだよ?」

「え?だって碧くんのお友達だって言うから…」


碧の分の朝食(今日の朝食はブルーベリージャムのかかったホットケーキにスクランブルエッグとサラダだった)梅流はオロオロとしながら「違うの?」と視線で言ってくる
友達だと思った二人が険悪なムードを醸しだしていて居た堪れない
そんな母の心中を察したのか碧は


「ま…別に構わないけど」


そう言って碧は出された朝食に手を伸ばす
ふと視線を感じて顔をそちらの方に向けると華菜が満面の笑みで目を輝かせて碧を見ていた


「…言っとくけど、アンタの為に言ったんじゃないから。いや、マジで」

「あ、知ってる!そういうのって“ツンデレ”って言うんでしょ!」

「人の話きけよ」


母を安堵させる為に言った一言がこんな効果を放つとは思いもしなかった碧はこめかみが痛むのを感じた


「…で、本当に何の用でうちにきたの?」

「うん、その事なんだけど―――」


華菜はガサガサと制服のポケットを漁る
頭につけていた青いヘアピンを外すと代わりにポケットから取り出した百合の形を象ったヘアピンをつけた


「あのね、私とデートして欲しいの!」

「……は?」


華菜が今しがた言った意味が分かりかねる
すぐに脳には到達しなかった
というか嘘だと思いたかった


「いや、待って、何言ってるの」

「だから、私とデートしてってば」

「…あのさ、何で好きでもない奴とそんな事…」


助け舟のつもりでチラリと梅流を見る
それが逆効果だった
梅流も華菜同様に目を輝かせて碧を見ている


「…母さん?」

「あ…!ご、ごめんね、碧くん…!なんだか二人を見てたら、お父さんとお母さんの昔を思い出しちゃって懐かしくって…」


梅流は頬を赤らめながら昔に想いを馳せている
時折「きゃーっ!」等と歓声を上げ、その様子はとても幸せそうに見えた


「うん…そっか、そうだよね…碧くんももう9歳だもん、いつまでも子供じゃないんだよね…」

「いや、子供だよ」

「大人の階段昇るのはちょっと早いけど…寂しいけど、うん!母さん、碧くんの事応援してるから!」


心なしか梅流の目に涙が滲んでいる
「誤解だ」と言うタイミングを完全に見失った
梅流は碧の肩を掴むと笑顔で言った


「頑張ってね、碧くん!しっかり華菜ちゃんをエスコートしてあげてね!」


――碧は気が遠くなっていくのを感じた
目の端で、華菜が小さくガッツポーズをしているのが見えた














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強制的に華菜とのデートに駆りだされた碧は当然ではあるが始終不機嫌だった
そんな碧を知ってか知らずか華菜は初めて見る街並みを楽しそうに眺めていた


「あのさぁ…」

「ねぇねぇ、次はどこに行く!?私ねぇ、植物園に行きたい!」

「オレに選択肢なしかよ」

「早く行こ!」


華菜は碧の手を掴み、彼を急かす
華菜はこの街の地理を知らない
いや、街どころか、この“世界”の全てを知らないのかもしれない
この世界の人間ではないのだから

故に、「早く行こう」と急かすが結局は案内するのは碧の担当なのだ
「なんて自分勝手なやつだ」碧は言葉には出さず心のなかでそうごちた


「アンタ場所わからないんだろ。だったらあんま急かさないでくれない?」

「む、じゃあ早く案内してよ」

「アンタな…」

「男の子がエスコートするのは当然でしょ?梅流だってそう言ってたじゃない」

「人の母親呼び捨てにすんな。っていうかアンタが勝手に言ってきたんだろうが。ったく、自分勝手なヤツ」


碧のその言葉に華菜は機嫌を損ねたのか、あからさまに嫌そうな顔をした
また前回のプールの時のように他に被害が出るのは面倒だ
グイッと華菜の手をとり、さっさと先を歩く
それを碧の好意と取ったのか、華菜は途端に嬉しそうな顔になった


(…単純なやつ)


――些細な事で怒ったり、笑ったり
――おまけにワガママで自分勝手


――ああ、なんて面倒くさい女だろう


「…あのさ」

「え?なぁに?」

「あー…いや、なんでもない。気にしないで」

「なによぉ、気になるじゃない」



思わず口をついて出てしまいそうになった言葉


――“お前と付き合う事になる男は、大変だな”


(ヘタしたらまた変な勘違いされるからな…)


頑なに口を開こうとしない碧に華菜もようやく諦めがついたのか不機嫌そうにソッポを向いた



「…本当、面倒なヤツ」






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