六 運命



午後の昼下がり
午前中は青く暖かかった空がどんよりと曇ってしまっている                                         
梅流は窓から空を見上げると小さく呟いた


「雨、降りそうかな…?洗濯物とりこんでおかなくちゃ」


旦那も子ども達も今はいない
同居中の友人も野暮用で留守にしている
家の中は、僅かな家鳴りの音しかしない
昔はひとりでいるのが嫌いで、怖かった
でも、今は――――



(今は、ひとりじゃないから)



――――だから、もう怖くない


洗濯物を取り込んだら、夕ご飯を買いに行こう
さっぱりとしたサラダうどんでも作ろうかな?

うきうきとした様子で洗濯物が干してある庭へと出る




「……あ」

「え?」




梅流は目の前の光景を見て固まった
見知らぬ女の子と男の子が、庭の垣根を越えて匍匐前進をしていたからだ


(えっと…女の子のほうは碧と同い年くらい?かな?)



冷静にそんな事を考える
少女は慌てて立ち上がった


「あ、あの、怪しい者じゃありませんわ!」

「あ、は、はい…えっと、迷子さん、かな…?」

「えっと、そういうのともちょっと違うのですが…」


少女は口ごもりながら梅流を見ていた
“ごめんなさい”と言う割には一向に庭を去る気配がない
恐らく、何か事情があるのだろう


「とりあえず、部屋に入って。雨も降って来そうだから、風邪ひいたら大変だよ?」


梅流は優しく微笑んだ
少女は始めは戸惑っていたが、ポツリと鼻の頭に水滴が当たるのを感じると梅流の好意に甘えることにした










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「2人とも、お名前きかせてくれるかな?」

「華燐(カリン)と申します。この子は、杢火(モクカ)。私の弟です」


華燐は杢火に挨拶すよう促すが、杢火は僅かに頭を下げるだけだった


「ごめんなさい、この子、人見知り激しくて…」

「あははは、いいの、気にしないで。私の息子もよく人見知りするから」


“息子”という言葉に、華燐の肩がぴくりと動いた
ギュッと拳を握りしめる少女を見て、梅流も不思議に思って尋ねる


「大丈夫?どこか、具合でも…」

「…あのッ…変なこと、聞いても、いいですか…ッ?」

「うん…?」


切羽詰まったような華燐の声に、梅流も不安になる
いくら見知らぬ少女とはいえ、子どものこのような声は出来れば聞きたくはないものだ


「…あの、あの…ッ!あなたの知り合いに、琉紅って人と、飛影って人、いますか…ッ!?」

「琉紅は、私の友達だけど…飛影は私の旦那の友達で、」


梅流が言い終わる前に華燐は口を開いた




「その2人の、子どもって、いますか…!?」




華燐の肩は、小刻みに震えている
梅流はどう言ったらいいのか解らなかった
この子達が、琉紅と飛影とどのような関係にあるのかは知らない
だが、その答えを言うことが、酷く躊躇われた
真実を伝えたら、この子達はきっと傷つく
何故か咄嗟にそう思った

しかし、嘘をつけば――――もっと、この子たちを傷つけることになる




「ごめんなさい…その2人には、子どもはいないわ…」


「…ッ!!」



少女の蒼く澄んだ瞳が大きく見開かれる
その眼差しは、誰かに似ていた
華燐は俯くと悔しそうに唇を噛んだ


「迷惑かけて…ごめんなさい…」


弱々しく紡がれる声が震えている
梅流は咄嗟にその少女の小さな肩を抱きしめた



「迷惑なんかじゃない、迷惑なんかじゃないよ…!」

「……」


華燐は梅流の腕の中で嗚咽を漏らし始めた
今までの光景を黙って見ていた杢火が梅流の服の裾を引っ張る


「杢火くん…?」


大きく釣り上がった瞳は、誰かを連想させる



「あなたは、いいひとだ。そのしんじつがぼくらを傷つけるものだとしても、あなたは僕らに真実を教えてくれた」

「…ッ杢火!」

「その真実を伝えることが、どれほど苦しかったか。僕らは貴女に敬意を評さなければならない」

「やめなさい、杢火!」

「だから、僕らも貴女に真実を教えなければならない」

「杢火!!!」


淡々と語る杢火の眼に――――光は無かった
梅流はまるで、時が止まったかのように、その場から動けなかった








「僕達は、“この世界では”生まれることのなかった子ども達だ」






「父は飛影。母は琉紅。この2人は、この世界では別々の想い人と結ばれている。だから、僕らがこの世界で生を受けることは無い」









梅流は、頭の中で、ひとつの光景がフラッシュバックしていくのを感じた――――――






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