第19章 囚われの姫君


「よかったね…裟羅ちゃん」


瑪瑠が泣きはらした眼で裟羅に歩み寄る
裟羅は罰が悪そうに顔をそらした

無理も無い
感情に囚われていたとはいえ、彼女は取り返しのつかないことをしてしまったのだから

瑪瑠の記憶を奪ったこと
琉紅を…傷つけてしまったこと

それらは全て重荷として裟羅にのしかかる



「蔵馬、あの…」

「琉紅のことなら安心しろ。薬草くらいすぐに用意出来る」

「生きてるの…!?」

「ああ。僅かだが、妖力が残っている。それに琉紅が死んでいるのならアイツが黙ってはいないからな」




最後の方は小さな声で呟くようにそう言った
その言葉に幽助が疑問の声を投げかける


「アイツって?」

「…あんた、相変わらず鈍感ね」

「あぁ?お前は知ってんのかよ、裟羅!」

「さぁね」


裟羅は意味深に微笑むと蔵馬に向き合った


「瑪瑠の記憶のことだけど…」

「あ、待って裟羅ちゃん!」



瑪瑠が慌てて裟羅を制した
不思議そうに裟羅が瑪瑠を見る



「あのね、蔵馬のこと、自力で思い出したいの」

「え…でも、」

「いいの!みんなと約束したもん!だから、大丈夫だよ」



そう言って瑪瑠はにっこりと笑った
助け舟を求めるように蔵馬を見やるが蔵馬のほうも瑪瑠と同じ意見だった



「本人がそう言っている。好きにさせてやってくれ」

「…本当にいいの?」

「うん!」

「じゃあ…せめて白狐の森の修復をさせて」



裟羅がそう言って右手を掲げる
焼け野原に近い形になっていた森が緑を取り戻して行く



「本当…私って、馬鹿だなぁ…」



裟羅はそう言って自嘲気味に笑った

その時だった











「―――ああ、そうだね。君は実に愚かだ」











黒い影のような刃が瑪瑠めがけて向かってくる



「…瑪瑠!」



蔵馬がそれを右手で制す
右手に刺さった黒い刃から紅い血が滴り落ちる



「ぐ…!!」

「く、蔵馬!!」



普通の刃なら、この程度の傷はどうってことはない
だが意識が朦朧として満足に立つ事もままならない


「仕組んだな…両刃」



裟羅が呟いた
黒い風に纏われた青年が姿を現す

先程、蔵馬が倒したと思った両刃だった



「…毒、か」

「悪いな、蔵馬。お前の血毒樹を少し利用させてもらった。…問題は、そこの雷禅の息子か。厄介な奴が残ったな…」




両刃が左手を見せる
そこには弾痕のようなものと赤い血が流れていた




「あの一瞬で狙い撃ちか…面白いね」

「そりゃどーも。せっかく良い雰囲気だったのによ、てめーのせいで台無しだぜ」




幽助の指先に霊気が集中する
両刃はそれを見て口角を上げた




「悪いけど…俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ」




轟音と共に黒い風が舞い上がる
まるで帯のように広がって行くそれは両刃と瑪瑠の身体を包んだ


「…えっ!?」

「瑪瑠!!」


両刃はふわりと宙へ浮くと瑪瑠を脇に抱え、蔵馬達を見下ろした


「ただ殺したんじゃつまらないからな…このお姫様は貰っていくよ」

「両刃…あんた…!」

「君は言ったよね、裟羅。“裏切られるのが嫌なら、先に壊してしまえばいい”って。でも、結局君にはそれは出来なかったようだね…」


両刃の言葉に裟羅は唇を噛み締める


「でも…私は、もう…」

「…駄目だよ、裟羅ちゃん!!」


瑪瑠の声にハッとして彼女を見る


「この人の言葉を、まともに聞いちゃ駄目!!裟羅ちゃんは、やっと本当の心を取り戻したんだから!!」

「……!!」

「“本当の心”ねぇ…君、少しうるさい」

「手に入らないものは、この世界にいっぱいあるもの!あなたはただ、逃げてるだけじゃない!裟羅ちゃんは…!」


瑪瑠がそこまで言った時
鈍い音が響き、瑪瑠はがっくりと項垂れた


「瑪瑠!!」

「じゃあな、妖狐蔵馬。もう逢う事もないだろう…」




黒い風が再び両刃を覆う
黒い羽根が辺りに散らばった
次に見た時は、両刃と瑪瑠の姿はそこにはなかった―――…





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