(どうするの、瑪瑠……逃げる?闘う…?違う、そんなことより、もっと大切なことがあったじゃない…!!)
両刃の手が瑪瑠の頬に伸びる
ひやりとした冷たさを感じ、思わず身体を強ばらせた
もしかしたら、いや、もしかしなくても殺されてしまうかもしれない
瑪瑠はゆっくりと口を開いた
「あなたは…裟羅ちゃんが好きだったんでしょう?きっと今頃、裟羅ちゃんは困っているよ…」
「そうやって僕の興味を逸らそうって魂胆かい?でも僕には…」
「そうじゃないよ!ただ、あなたの話が聞きたいの…どうしてこんなことをするのか…」
瑪瑠には理解出来なかった
好きな人の重荷になることなんて、自分には出来ない
「…君も、あの狐と同じような事を言うんだね」
「狐…?蔵馬のこと?」
「所詮…好き合っている者達には、僕たちの気持ちなんて解らないのさ。でも、これだけは教えてあげよう。なんでこんな事をするのか…」
そう言うと、両刃は瑪瑠の首に手をかけた
「あ"…っ!!?」
「僕の身体は、もう罪に汚れてしまっている。────生まれた時から既に、ね」
「そんな、こと…!!」
「"そんなことない"?…いいよ、だったら、見せてあげるよ」
不意に、瑪瑠の視界が暗くなった
真っ暗闇の向こう側に僅かな光が見える
ぼんやりとした形のそれは、やがてハッキリと人の形に成っていく
両刃の幻覚だろう、そう思った時
視界いっぱいに紅い色が広がる
見知らぬ金髪の青年が両手を縛られ、拘束されていた
身動きの取れないその身体は、無残にも切り刻まれている
(ッ…────!!)
その痛ましい姿に目を塞ぎたいのに塞ぐことが出来ない
やがて、瑪瑠の耳に聴こえる下卑た笑い声
『この男は、"お前"のせいで死んだんだ』
『我々は"お前"の持つ闇の力が欲しかった』
『その為に、この男は邪魔だった』
『"お前"を守ろうとする、この男が邪魔だったのだ』
ゆっくりと青年へと手が伸ばされる
その手は瑪瑠のものではない
直感で両刃のものだと、理解する
両刃が体験した事を、そのまま瑪瑠に見せているのだと
青年に触れる前に視界がブラックアウトする
何処かの森の中へと場面が移動する
今度は、一人の紅い髪の女性が此方───両刃を見据えている
その眼差しは悲しそうで、何処か優しさを含んでいた
『…"俺"は、こんなにも穢れてしまっているのに』
両刃の悲痛な声が響く
『"姉さん"だけ綺麗なままでいるなんて、許せない────!!』
女性に手を掛ける寸前、白髪の青年が女性の前に立ち塞がった
まるで、彼女を守るかのように
そして、場面は再び真紅に染まる
『僕のせいで、親友は死んだ』
『僕が闇の力を持っていたから』
『僕の家族はみんな綺麗なままだったのに』
『僕だけが、穢れたまま生まれて来たんだ』
『────だから、殺した』
ル ク 『君の友達の両親を』
「…もう、罪に汚れてしまわぬように…僕のような黒き命を作らぬように…」
幻術が解かれ、視界が元に戻る
眼前に苦痛に歪む男の顔が有った
瑪瑠のそれよりも、少し濃いめの金色の瞳がゆらゆらと揺れている
それが涙だと理解するのに時間はかからなかった
「君も、聞いた事はあるだろう…?猫と狐の間に生まれる子供は生まれながらにして強い妖力を持っているって…琉紅が、そうだったように」
「…ッ駄目だよ!!両刃さんの好きな人は裟羅ちゃんなんだから、そんなのは絶対に駄目!!」
「黒い命の僕と、白い君の命なら、きっと…もう、そんな不幸は繰り返さなくていいんだから…」
両刃がしようとしている事を、瑪瑠は全力で拒否した
それは、瑪瑠自身だけでなく、両刃自身をも汚してしまう
悲しい結末になってしまう…
両刃の手が瑪瑠の服にかかる
瑪瑠は眼を瞑って小さく首を振った
両刃の嗚咽が聞こえる
「だめだよ…こんなの、あなただって、悲しいだけだよ…」
―――どうすればいい?
この青年の悲しみは…どうやったら、なくなるの?
彼を救うには、どうしたらいいの…?―――
その時だった
『パリィィィィン…!!!』
硝子が割れるような音が辺りに響く
それと同時に瑪瑠と両刃の上にパラパラと透明の結晶が降り注ぐ
薄暗かった森の中に光が充満した
頭上に眼をやる
見知ったふたつの人影が見えた
瑪瑠はその影が誰かを確認すると叫んだ
「蔵馬!!裟羅ちゃん!!」
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