第7章 記憶を留めるモノ





蔵馬はあの後、『少ししたら戻る』と言って何処かへ行ってしまった


梅流にはまだ僅かに彼の香が残っているように感じられた




「ねぇ、琉紅・・・?」

「ん?」


不意に梅流が口を開く


隣りにいた琉紅が不思議そうに彼女を見た



「さっきの『蔵馬』って人・・・誰、なの?」





―――とても、綺麗な人だった


それでいて、不思議な人だった





琉紅は少し考え、悪戯っぽく微笑んだ




「それは教えられない、かなぁ」

「どうして?」

「うーん・・・彼のことは、梅流が自力で思い出してあげて」

「自力で・・・?」

「うん。・・・私には、ここまでしか言えないや」


琉紅はそれから一言、ごめんねと告げた







(私が・・・自力で・・・?)






必死に記憶を辿る


抱き締められた時に感じた懐かしさ





それを覚えていた筈なのに






その時、向こうから1人の青年がやって来るのが見えた





真紅の長髪に、深緑の瞳・・・


青年は、優しそうな笑みを称えて梅流と琉紅に話しかけた





「ただいま」



梅流は目をぱちくりさせながら青年を見ている


琉紅がすかさず、声をかける


「梅流、この人は蔵馬だよ」

「え!?」


琉紅と赤毛の青年を交互に見る

「く・・・蔵馬さん・・・!?」

「まぁ、無理もありませんよ」

「だって・・・声も、全然違うし・・・!」

「『今の姿』の君と会っている時は、この姿になっているんだけど・・・マズかったかな?」



苦笑気味に琉紅を見る

それに対して琉紅も苦笑しながら両手を『お手上げ状態』にした


「あ、あのっ!違うの!その姿が嫌だとか、そういうんじゃなくて・・・ただ、ビックリしたっていうか・・・!」


慌てて付け足しをする梅流



最初は戸惑っていたけども、この人の香は、さっきの蔵馬と同じ香だ



蔵馬は弁解する梅流の頭を優しく撫でた


頬が、熱くなるのを感じる


蔵馬が琉紅に向き直る


「琉紅、今からちょっと梅流と出掛けたいんだが・・・いいかな?」


「うーん、私は良いと思うよ!梅流はどうかな?」


「え・・・っ!わ、私も構わないよ」



まともに蔵馬の顔が見れない


その掌の温度が、温かく心地良かった



「ありがとう・・・琉紅、悪いけど、麓達にも言っておいてくれるかな?」


琉紅は深々と頭を下げた


「仰せの通りに」





そう言って顔を上げる


「行ってらっしゃい」


見送る琉紅に軽く手を振り、梅流に手を差し延べた



「さ、行きましょう」


蔵馬の手と顔を見る

そして、柔らかく微笑むと蔵馬の手を取った







――――――

―――――――――





白く美しい雪原を2人で歩く




白狐の森から、随分と歩いた



2人の足跡は、遥か彼方にまで続いている





だが、不思議と疲れたりはしなかった







「どこまで行くの?」


「もうすぐ着きますよ。梅流に、見せたいものがあるんだ」


「見せたいもの・・・?」




その時、蔵馬とは別の香りが鼻をくすぐった





同時に、蔵馬の足も止まる






「着きましたよ」


蔵馬が促す方を見る




ヒラヒラと、白い小さな何かが降って来る



始めは雪かと思ったが、その正体を見た梅流は目を見開いた






そこには、真っ白な花びらの梅の巨木が立っていた





花びらがヒラヒラと舞い落ちては、雪原の上を更に白く染め上げる





「スゴい・・・きれい・・・蔵馬、これが見せたかったの?」


「ええ。立派な木でしょう?・・・でも、もうひとつ梅流に見せたいものがあるんですよ」


そう言って蔵馬は梅の木に近付く


幹の所で何かしているようだった


しばらくして、蔵馬が戻って来た


その手に、何か持っている


「ほら」

「・・・これって・・・」


蔵馬が持っていたものは、蜂蜜色の透明な小さな石に、梅の花びらと実が閉じ込められているものだった



「琥珀・・・?」

「ええ。この梅の木は特殊でね、たまにこうやって意図的に樹液に種を取り入れて繁殖を行おうとするんですよ」


蔵馬がその琥珀を梅流の手に乗せる



「差し上げます。その為に此所へ来たようなものだからね」

「えっ!?で、でもこんな高価そうなもの・・・!」

「その琥珀は、梅流が持ってこそ、価値があるんですよ。・・・なんて、少しキザ過ぎましたかね?でもオレにとって、それは事実なんです」



梅流は両手で小さな琥珀を握り締めた






―――さっきから、頬が熱い


―――胸がドキドキする







―――この感情を知っている筈なのに







―――それは、とても大切な物だった筈なのに








―――忘れてしまった





―――そんな私を、それでも貴方は待っていてくれている





















「梅流、泣かないで。君はそれを、大切な物だと言ってくれるんだね。オレは、それだけで充分だよ」







梅流は、蔵馬の腕の中で泣き続けた







梅の花びらは、ただただ舞い踊る









―――まるで、この世界の2人のように




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