朝、寮の自室で目が覚めて。
 寝ぼける祐喜の視界に飛び込んできたのは、木製の箱だった。





 午前八時。

 それぞれ日直と朝練で早くに寮を出た雪代と咲羽に遅れること三十分ほど。珍しいことに目立ったトラブルに巻き込まれることもなく、祐喜は余裕を持って登校していた。
 正直なところ、ここまでがスムーズに行きすぎて、そろそろ大きな何かがくるのではないかと警戒心でいっぱいだ。けれどそれもいらぬ心配だったらしい。
 何事もなく無事に校門をくぐり抜け、昇降口に到着する。

「珍しいこともあるんだな」

 思わず、そんな言葉が漏れた。

「あっ、桃! おっはよー」

「え?」

 不意に聞こえた元気いっぱいの声に、祐喜は校門の方を振り向く。誰かと思えば、ブンブンと手を振りながらこちらに走ってくる一寸の姿が目に入った。

「あ、一寸か。おはよ」

「おっはよ。うわー、桃、今日は早いんだな!」

「うん、まあ。今朝は珍しいことにノートラブルでさ」

「へー、珍しいこともある……って、あれ」

 靴を上履きに履き替えかけたところで、ふと何かに気づいた一寸の動きが止まる。

「桃、その靴どうしたんだ?」

「あ、これ?」

 祐喜は下駄箱に入れかけた真新しいそれを取り出し、尋ねた一寸に見せる。

「それ、『ダウト』の靴だよな? 愛譚の敷地内にある店じゃもう一足しか残ってなくて、確か一昨日、うちのクラスのやつが一足遅くて買えなかったーって騒いでたけど」

「えっ、そんなに人気なのかこの靴?」

「知らねぇの? 人気も人気だよ、俺も欲しかったくらいだし! ……サイズがなかったけど」

「……」

「人気なだけあって高いしな。というより桃が持ってるのに知らないってことは、自分で買ったんじゃないのか?」

「いやそれが、今朝起きたら枕元に置いてあったんだ。『良かったら使ってください』って手紙と一緒に。差出人の名前はなかったんだけど」

「え、何それ! ちょっと早いサンタみた……あっ」

 話の最中で、不意に一寸が声を上げる。祐喜の後ろを見る一寸の視線に沿って振り向くと、目に入ったのは時計だった。

 午前八時十二分。予鈴まであと十三分だ。

「悪い桃、俺もう行かないと!」

「え? ああ、……あれ、そういえばお前なんで普通科に……」

「ちょっと用事があってさっ! じゃあ桃、またな!」

 言い終わる前に、一寸は走り出していた。

「あっ、おい!」

 声をかける間もなく姿が消える。

「気をつけろよ……って俺じゃないか」

 忙しないやつだ。思ったが、言っている祐喜自身もそう余裕があるわけではない。
 早く教室に行こう。出した靴を再び入れようと奥に押し込む。しかし靴は最後まで入り切らずに、カツン、と音をたて何かに当たった。

「?」

 入りきらなかった靴を取り出し、下駄箱の中をのぞき込む。



 下駄箱に入っていたのは、今朝みたものと同じ木製の、しかし今度は小さな箱だった。




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