「あっ、巴さん! おはようございます」
「あら、桃園くん。おはようございます」
午前八時二十分。
普通科・2‐B。
「今日は早いですね?」
「はい、珍しくノートラブルで……ってこの話さっきもしたような」
「何にしろ、良かったです。実は遅刻ギリギリを想定してたんですけど」
言って巴はクスクスと笑う。
「……早めにこれて良かったです。一限から移動教室じゃあ、俺も確実に間に合わないと思ってたし」
「教室がどこにあるか判らなければ余計ですものね。
さて、じゃあ行きましょうか……あら?」
「え、どうかしました?」
「桃園くん、……そちらは?」
言って、巴は祐喜の手首を指す。巴が言わんとすることに気づいた祐喜は、それを巴の目の高さにまで持ち上げた。
「きれいなブレスレット。これは自分で?」
「あ、いえ。さっき下駄箱に、『良かったら使ってください』って手紙と一緒に入ってたんです。差出人の名前はなかったんですけど」
そういえば、この会話も一寸とした気がする。
今日は変な日だなあと祐喜は笑う。巴は不思議そうな表情でブレスレットを見つめた。
「匿名で? 一体誰が置いたのかしら……」
「あっ、……もしかしてこれ、高いやつですかね?」
ふとさっきの靴のことを思い出し、巴に聞く。アクセサリー関係ならば、男の祐喜よりも女の巴の方がきっと詳しいだろう。
予想通り、巴はええ、と言って頷いた。
「お店の名前までは覚えてないんですけど……愛譚の敷地内に男性用アクセサリー専門店があります。ちょっとしたブランドで、そこの新作じゃなかったかしら。軽く万単位だと思うわ」
「そ、そうなんですか!?」
聞いて、驚く。見た感じからして高そうだなとは思っていたものの、さすがに予想外である。
「うわ、どうしよう。そんな高いものだったのか……こんなの貰えないよ」
「そういえば、名前はなかったと言ってましたけど……桃園くんの名前はありました?」
「え? えっと……」
「差出人ではなく、宛先です。宛先が桃園くんだったならそう気後れすることもありませんよ。プレゼントだとしたら、贈った人もただ喜んで欲しいと思って置いたのでしょうし」
巴の言葉に、祐喜はポケットに入れていた二通の手紙を取り出す。
『桃園祐喜様――良かったら使ってください』
「名前、書いてあります。俺の名前」
ぼそりと、言う。巴に聞こえたのかどうかは判らないが、彼女を見れば何も言わずに笑っていた。
大切にします。巴に釣られて笑顔を返したところで、タイムリミットがきた。
「って、ああっ!? 予鈴!?」
「大変、急がないと」
「お、俺カバン置いてきますっ!」
慌てて、祐喜は自分の机へと駆け寄る。予鈴がなってしまえば本鈴までそう時間もない。
一限で使う教科書だけは抜いて、鞄に詰め込んでいた教科書を整理するのももどかしく、入ればいいとばかりに机に押し込む。
しかし時間がないというにも関わらず、何かに引っかかったようになってどうにも入らない。手からこぼれ落ちた教科書を見て、祐喜ははっとなった。
もしかして。
思って、机の中をのぞき込んだ。気づいた巴が、どうしたのかと祐喜に聞く。
「それが……」
机の中を占領するように入っていたのは、今朝の木箱よりは薄くて、しかし今までで一番大きい紙の箱だった。
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