高校一年の夏休みは、いつもよりずっとめまぐるしく過ぎていった。





 話が終わって案内されたのは、これでもかというほどきれいに掃除され、整頓された部屋だった。
 予想通りというのか何というのか、やはり同室者はいない。しいていえば鬼美が同室者と言えなくもないけれど、今のところ爆睡中なので枠外だ。雪代と雅彦も別々の部屋へと案内されてしまったので、貴重な話相手はどこにいるかすら判らない。

(……ああ、つまらない)

 側にあった座椅子に腰かけて、ただひたすらぼんやりとすることで時間を潰す。暇のつぶし方が他に思いつかなかったからだ。
 時間が過ぎるのがやけに遅く感じる。おかげで何度も何度も時計を確認してしまうのだけれど、しかし針は祐喜の思うようには進んでくれない。
 無意識のうちに、ため息が漏れた。ただ座っていることにも飽きてしまい、祐喜はおもむろに立ち上がると縁側へ移動する。何となく、部屋の中にいるより外の方がマシな気がした。
 誰もいない、静かなそこに腰を下ろす。見れば目の前に広がるのは、たっぷりとした枝に生き生きとした葉がついた木、木、木――。

(……何というか、)

 もはや森だな。

 一番に思ったのはそんな感想だ。どうして家の敷地内にそんなものが。なんて半ば呆れていると、ふと視界に影が落ちる。

「どうだった?」

 よく通る声だった。さほどの驚きもなく、座ったまま首だけを動かして声のした方を見やる。
 黒に映える金、――咲羽だ。

「どうだった、って何が?」

「感想。ばあさんの話聞いてどう思ったかと。それに、親戚って聞いてかなりびっくりしてたみたいだしな」

 あん時のお前、おもしろかったぞ。言いつつ咲羽は祐喜のすぐ隣へと腰を下ろす。

「お、おもしろかったってなあ。驚くに決まってるだろ!? 友だちがいきなり従兄弟だって言われたんだぞ!」

「そうか?」

 息巻く祐喜に対し、咲羽はあっけらかんと言ってのける。

「いやそうか?って、咲羽……」

「あー、悪い悪い。少しは気づくかもと思ってたんだよ。仮にもおじさんなんだし、名字くらいは知ってるだろうなってな。それに字は微妙に違うけど音は同じだろ、コウエンジなんて珍しい名前ならなおのこと疑問に思ってもおかしくねえかと」

「……まあ、言われてみればそうだけどさ」

 咲羽の言うことも、確かに一理あるのだけれど。

「でも俺、全っ然気づかなかったよ」

「だろうな。でもそのほうがお前らしくていんじゃね?」

「……」

「ま。いきなりで驚いただろうし、こんな家だけどさ。もう少し我慢してくれ、な」

 咲羽は祐喜を慰めるように頭を撫でる。髪が乱れて、くしゃりと音がした。

「我慢って、俺は別に」

「そうか? 俺以外の猿の獣基は仮面つけてて表情が読めねえし、松穂ばあさんのこともぶっちゃけ苦手だろ」

「……、」

 相変わらず、咲羽は直球だ。

「まあ、正直に言えばちょっと……あ、ほら、今日いきなりここは俺の実家なんですよなんてカミングアウトされたからさ。十六年間、俺からは会ったことないし。どうも身内だとは思えなくて」

「――ぷっ」

 舌がもつれそうになるほど矢継ぎ早に言葉を紡ぐ祐喜に、咲羽が堪えきれずに吹き出す。
 え、何。わけが判らず理由を聞こうとして、しかし急いだために舌を噛んだ。

「い゛っ……」

「あ、悪い悪い。大丈夫か」

「だ、大丈夫だけど……何で笑うんだよ」

「いやあ、あまりにも必死だからさ」

「えー……?」

「んな不満気に見んなよ。気にしなくていいって意味だ。あの人への苦手意識なんて、雪代と犬も持ってるよ」

「そ、そうかなあ」

 安心させるように咲羽は言うが、こちらとしてはどこか納得しきれない。
 だと良いんだけど。小声で呟いた声はどうやら咲羽に届いたらしい。気がつけば、また頭を撫でられていた。嫌とは思わなかったのでそのまま大人しく撫でられる。

 ――さてと。じゃあ俺、そろそろ部屋戻るわ。

 来たときも突然だったけれど、終わりもまた突然だ。咲羽が立ち上がったのは、話が一段落して落ち着いたときだった。
 せわしなさに若干の寂しさを抱えながらも見送ろうとして、そういえばまだ質問に答えてなかったなと思い出した。こちらに背を向けた彼を呼び止める。

「なあ、咲羽」

「ん? 何だよ」

 先ほどの祐喜のように、首だけをこちらに向けて咲羽は聞く。

「俺、逆だったらどうだったかな、って思ってた」

「……逆?」

 唐突なそれに、咲羽はただ首を傾げる。構わずに祐喜は続けた。

「さっき、話聞いてどうだったって聞いただろ? それ。もし逆だったならどんな感じかなって考えてた。
 いやだって、全然実感ないけど……咲羽の、猿の家が俺の実家なわけでさ。なら、年も同じなんだし――俺が獣基で咲羽が桃太郎の可能性もあったのかなって」

「……ああ、なるほど」

 合点がいったらしい。咲羽は前に出していた足を引っ込めて、その場に胡座で座りなおした。

「それで?」

「うん、全然想像つかなかった」

「だろうな」

 くくくっ、と咲羽が笑う。

「だって、俺が獣基だろ。そりゃあ育った環境が違うし当たり前だろうけど、咲羽みたく運動神経よくないし」

「中身祐喜で外見俺な桃太郎と中身俺で外見祐喜な獣基かー、正直あんま想像したくねえな」

「あ。でもさ、俺、生活環境で性格はそれなりに変わるけど、根本的なところはそう変わらないって話どこかで聞いたことある。だから中身はそのまんまってのもあったかも……」

「あー、まあありえなくもない話だろうけど、俺的にはそっちのが嫌だな」

「え? 何で?」

「お前や雪代はともかく、犬にまで守られる自分を想像したくない」

「うわ、言い切った」

「それに」

「? それに?」

「祐喜、お前、……喧嘩っ早い勇者様ってどうよ?」

 そこで数瞬の間が空く。

「……っと、そ、れはーぁ……」

 思わぬ難問に、祐喜は頭を抱えて唸り声を上げる。
 咲羽が桃太郎。
 自分的にはありな考えだと思ったのだけれど、残念なことにどう転んでも問題点があるらしい。

「つかさりげに俺が喧嘩っ早いって認めたよな祐喜。事実だしまあいいけど。……で、どうだ? 短気で喧嘩っ早い勇者様は」

「うっ、……ま、まあ、勇者って点でいえば喧嘩っ早いのも…」

「桃太郎でも?」

「あー。うん、えっと……やっぱりなしの方向で」

「だよな。俺も嫌だよ。そんな桃太郎」

 けっ、と咲羽が吐き捨てる。それがどうにもおかしくて、祐喜は笑った。



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