映画も終盤にさしかかったときだった。
「……あ、」
「? 何?」
ケーキにフォークを入れたまま、顔を上げる。何事かとそちらを見ると、何かを思い出したように咲羽が立ち上がった。反射的にパソコンに手を伸ばし、カーソルを一時停止ボタンに持っていく。
「どうしたんだ?」
「ん。これ」
白い小さな箱を手に戻ってきた咲羽が、それを祐喜に手渡す。視線だけで開けて、と言われ、訳の判らないままそれを手に取り、開けてみる。
中に納まっていたのは、サンタと、ソリを引くトナカイのマジパンだった。
「……ケーキにつけるオプションとしてはワンテンポ遅れてる気もするよな」
「しゃあねえだろ。色々あるんだから」
ため息を吐きながらそう言った咲羽の声に驚いて、祐喜は隣の彼に目をやる。見ればその咲羽は何というか微妙な表情で胡座を掻いていて、彼がこんな顔をするということはつまり、
「………………紅からかー」
確信を持って呟く。小声だったとはいえ、咲羽には聞こえただろう。何も言ってきはしなかったけれど、ピクリと肩を揺らしたのがその証拠だ。
その反応はもう肯定と取るしかないですよ咲羽さん。
それに、沈黙は肯定であると言うし。
「けど、何でいきなりマジパン?」
一体どうしてこうなのか、理由が判らず一人考え込む。するとそこで、ようやく咲羽が口を開いた。
「クリスマスプレゼント、だと」
「クリスマスプレゼント?」
え、これが?
思わず聞き返す。いや、別にこれが悪いというわけではないけれど、それにしても面白いチョイスをしたものだ。
咲羽が自分で言ったわけではないだろう。彼ならいらないと言うか、もしくは逆にとんでもないものをリクエストしそうであるし。
「……何を思って紅はこれをチョイスしたんだ?」
「いっとくけど、それ、犬が欲しがったやつだぞ」
「はあ?」
雅彦が?
思わず素っ頓狂な声を上げてポカンとしていると、雅彦のリクエストだというマジパンを箱ごと引ったくられた。袋を取り出して乱暴に封を切り、咲羽は無言のままサンタのそれを自分のケーキの上に乗せる。トナカイの方はといえば、何故だか知らないけれど、いつの間にか祐喜の皿に乗せられていた。
そこでようやく我に返る。
「待て待て、それどういうこと」
「……ほら、一週間ちょい前に、寮で早めのクリスマスパーティーしたろ」
「え? あっ、したした。楽しかったよな。ケーキも美味しかったし」
「ああ。で、そのケーキを取りに行ったときか。……犬と二人で行ったんだけど」
雅彦って寮生じゃないよな、なんてツッコミは、あえてしないでおこうと思う。
「ケーキ見た途端に何を言いだすかと思えば、『何でチョコプレートだけなんですか』だと。他にも『サンタがない』だの『ソリ引くトナカイあってこそのクリスマスケーキ』だの……」
どんなこだわりだよ、とその時のことを思い出したのか、咲羽が面倒くさそうに吐き捨てる。その意見には同意したい。
「で、まあその帰り道か。奴から電話が掛かってきて、何か欲しいものはないかって聞かれたんだよ」
「それで思わずマジパンと答えたわけか……」
「会話の最中だってのにサンタとトナカイ、サンタとトナカイって五月蝿かったからな。面倒になって『じゃあそれで』って言ったら、こうなったわけ。まさかクリスマスプレゼントだとは思わなかったし」
なんて言いつつ、小さなケーキの上に無理やり乗せた、サンタのマジパンをフォークでつつく。何となく食べるタイミングを逃してしまったようで、咲羽はまだマジパンどころかケーキにすら手を付けていなかった。隣に座る祐喜もまたそうで、皿の上では無傷のトナカイが腹の立つ顔でソリを引いている。
ソリが思ったより幅を取ったので、(行儀の悪いことに)フォークが刺さったままのケーキの上ではなく、その横でだ。
「まあとりあえず今の話で判ったのは、雅彦がとんでもないKYだってことくらいだな」
「そのKYが好きなのは誰だったかな」
「ちょっと咲羽さんニヤニヤしてないで黙ろうか。――てかケーキ食べろよ! というよりマジパン! 咲羽が先に手ェつけないとこっちも食べにくいじゃんか」
元はといえば咲羽が紅に貰ったんだし、と紅のところを強調して言ってやる。そんなささやかな仕返しはどうやら成功したらしく、咲羽は若干ムスッとした表情でサンタにフォークを突き刺した。首を狙ったのはわざとだろう。
無言のまま続けてケーキに手をつける咲羽に、祐喜もフォークを取る。
「……というより、これ俺が食べていいのか? 紅にもらったんだろ?」
「いいよ、別に。地味にデカいし、サンタだけで充分」
「でも、せっかくなんだから咲羽が食べた方が、さ。というより、パーティーの時にでも食べれば良かったのに」
「……貰ったのが二十五日の朝でパーティーの二・三日後だったんだよ。当日だと帰省する奴らもいるからって早めにやったろ、あれ」
いいから食べろ。
そう言ってそっぽを向いた咲羽の耳が思っていた以上に赤くなっていて、やりすぎたかと少し反省する。けれど先ほどのメールのことを考えると、これでお相子だろう。
そんなことを考えながら、祐喜はすっかり柔らかくなってしまった、年越しそばならぬ年越しケーキにフォークを入れ直した。
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