あ、メール。

 メールの着信を知らせるランプの点滅に気づいて、床に置きっぱなしだった携帯を取り上げる。ディスプレイを確認すれば、新着メールが十二件。
 ドアを開閉する音を後ろに聞きながら、慌てて時計に目をやる。時刻は既に午前零時を回っていた。

「あ」

「? どうした」

 両手に皿を持って戻ってきた咲羽が、固まる祐喜に問いかける。五秒ほどおいてそちらを振り返ると、祐喜はショックが抜けきらない表情で、深いため息を吐いた。

「日付、もう変わっちゃってた……」

「あ、マジ? うわー熱中しすぎたか」

 残念、と言いつつ、持っていた皿の一つを祐喜の前に置く。小さなガラステーブルはもうそれだけでいっぱいになってしまい、どうしても幅をとってしまうノートパソコンを申し訳程度に端に移動させ、空になったペットボトルを床に避けてもう一枚分のスペースを作る。
 皿に乗せられていたのは、美味しそうなケーキだった。

「ま、過ぎちゃったもんは仕方ないか。とりあえず」

 と、かしこまって床に正座をする咲羽に倣い、祐喜も姿勢を正す。正座でお互いを向き合うと、

「あけましておめでとうございます」

「おめでとう、今年もよろしくお願いします」

 ペコン、と頭を下げる。新年、初めての挨拶だ。思わず身体を震わせる。――友だちとこういうのやってみたかったんだよ!
 カウントダウンを逃してしまったのは残念だけれど、それも一興と考えれば良いかもしれない。なんて考えていると、顔を上げた咲羽が唐突に笑いだした。

「うわっ、何?」

「いや……っ、祐喜お前、考えてること判りやすすぎ」

「え、うそ!」

「ものすごく嬉しそうな顔してたぞ。写真撮っておけば良かった」

「いやそれはご勘弁を」

 ものすごくイイ顔でそんなことを言う咲羽から目を逸らす。カメラがあれば本当にしたかもしれないところがまた怖い。手に触れた携帯をこれ幸いと取り上げメールをチェックすると、動きがわざとらし過ぎたのかまた咲羽が笑った。

「笑いすぎだろ……ん、雅彦から二件もきてる」

 上から順にメールを確かめていた祐喜が、不思議そうに首を傾げる。送り間違いか何かだろうか。十二件の内の最初と最後は雅彦からのものだった。内容もまったく同じものだ。

「犬? あー、俺のは一件だわ」

「やっぱり送り間違いかな」

「んー。にしてもあいつ、送ってくるの早えな。零時ピッタリに送る意味あるのか……って二十三時五十八分?」

「あ、本当だ。一件目の方はまだ大晦日だよ」

「ぶはっ」

 ――途端、画面を見つめていた咲羽が、携帯を握りしめたまま腹を抱えて爆笑する。哀れ、雅彦。どうやら咲羽のツボに入ってしまったようだ。
 まあそれも、判らなくはない。二十三時五十九分というのならともかく、それより更に一分早い五十八分だ。二件目のそれは、失敗に気づいて送り直してきたのだろう。

「あ、俺の方にも二件目きたわ。……ぶははははっ」

「ああーっ、もう笑いすぎだろ! そんなに面白いか!?」

「いや、そうじゃねえよ。ただ、あいつお前に一番に挨拶したくて送ってきたんだろ。なのに思いっきり空回りしてるからつい」

「ええー……まあ、確かに雅彦の考えそうなことだしやりそうだけどさ」

「メールでの一番は雪代、だな。直接だと俺だけど。悔しがるだろうなあ、雅彦のやつ」

「咲羽さんその笑い方ものすごく怖いんで止めて下さい」

「祐喜、どうでもいいけど顔赤いぞ」

「……自覚してますとも!」

 ああそうだ、自覚しているんだから言わないでくれ。あとそのニヤニヤした嫌な笑い方も止めてくれるとありがたいのに。
 無性に腹立たしくなって咲羽を睨みつけるのだけれど、赤くなったままの顔では効果も半減、むしろそれ以下だ。けれど仕方ないだろう。
 誰よりも先に、一番に挨拶したかった、なんて。
 それはきっと自惚れではなく、彼ならそう思ってくれていると思う。相手はあの雅彦だ。
 それはある意味、手ごわいということでもあるのだけれど、感情の種類はどうあれ嬉しくてたまらないのだから、本当にもう、仕方ないと思う。

「例えそれが深い友愛からだとしても、嬉しいもんは嬉しいよな?」

「ちょっと咲羽さん黙ろうか」

「ブラック祐喜が降臨してるぞ、祐喜」

 冗談めかして言ってくる咲羽に、誰の所為だよ、なんて悪態を吐く。そこで咲羽がまた笑った。
 何だか悔しい。
 けれどもう赤くなった顔を見られたくなくて、少し負けた気分になりながら咲羽から身体を背ける。またからかわれる前にと素早く返信メールを打ち、躊躇うことなく送信ボタンを押した。

「メールの一番は誰にあげたんだ?」

 テーブルに置いたノートパソコンの画面に向き直り、一時停止のままになっていた映画を再生する。流れ始めた音の所為にして、咲羽の問いかけは聞こえなかったことにした。




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