どうにかならないだろうか、と目の前に広がる光景を見て、ふと思う。しかし本人たちがそれを止める気はなく、視界に入れまいと手元の雑誌に視線を落としても、割と近距離で交わされる会話が耳から入ってきてしまうのだから、またタチが悪い。
(……ああ、まったく)
暑い、と言わんばかりに、手をパタパタとさせて扇ぐ。館の周囲は森で囲まれているので、夏とはいえどちらかといえば涼しいほうなのだけれど、それでもやはりどこか暑い。
ああ、イライラする。
「口、開けて」
「ん」
「…………、」
っあああああもう!
と叫びそうになるのを、雑誌を握りしめることで必死に押さえた。その瞬間ミシ、とおかしな音がして、そこでふと我に返る。
手元を見れば、苛立ちの高ぶるまま力任せにしたせいで、買ったばかりの雑誌が見るも無惨な物体へとなり果てていた。
まだ読みかけだったのに。恨みが向く先は当然のようにあの二人で、嫌ならいっそこの場を立ち去ってしまえば済む話なのだけれど、かといって自室に行く気にもなれない。外に出かけるなどもってのほかだ。
大体、ゆっくり紅茶でも飲みたいと思ってここにいるというのに、何故こちらが出て行かなければならないのだ、と思う。それもなんだかあの二人に気をつかっているように。
つらつらと言い訳を並べたところで、結局は奴らが理由にある限りここを動くものかという、ただの意地なのだけれど。
はあ、なんてため息を吐きながら、もはや雑誌とは呼べない紙の束をゴミ箱に放り込む。そのタイミングで声をかけられ、イースは顔を上げた。
「なんだイース、食べないのか」
「……」
内心で舌打ちをしつついやいやながらもそちらを見れば、自身の膝にサウラーを乗せたウエスターが、キョトン、とした表情をこちらに向けている。
図体のデカい男にそんな顔をされても、可愛いどころか気持ち悪いだけなのだけれど。
「食べない、じゃなくて、食べれないのよ。貴方、莫迦じゃないの」
目の前に置かれたドーナツを一つ、つまみ上げる。図体のデカいバカが頭のいいバカのために買ってきて、多すぎると怒られ、ここに流れてきた、その内の一つだ。
つまり、余りもの。
「? 何だ、お前、ドーナツ嫌いだったのか」
「違うわよ」
「せっかく買ってきてやったってのに」
「ああ、というより、お腹でも下しちゃったんじゃない」
「話を聞きなさいよ。やっぱり、貴方、莫迦だわ。貴方は最低」
眉間にシワが寄るのを自覚しながら、そう吐き捨てた。この莫迦共め!
検討違いにも程がある。さすがに耐えかねてイライラを全面に押し出してやったというのに、ウエスターは相も変わらずキョトン、とした表情をこちらに向けてくるだけ(ああもう、可愛くないったら可愛くない。図体がデカい。鬱陶しい)であるし、サウラーもただ含み笑いを浮かべてこちら見返すだけ(策士、こいつは策士だ)で、何か言ってくる様子もない。
そんな二人に、イースは半ばヤケになって砂糖がたっぷり塗されたそれに噛じりつく。口の中に広がる甘ったるい味。
(ああ、もう)
口にする前から判ってはいたけれど、やはりこの状況下では甘いものを受けつけられないらしい。味はおいしいのに、と少し罪悪感を感じながら、無糖の、少し苦めに入れておいた紅茶で流し込んだ。
一息ついて、立ち上がる。何だ、どこか出かけるのか、なんてウエスターの声が背後で聞こえた気がした。けれどそれには答えずに、つい数分前まで確かに存在した意地だとかそういった類のものも全部すっぱり放り出して、イースは足早に立ち去った。
座っていたところからは角度的に見えなかった部分が、扉を閉めるときにうっかり目に入ってしまったのだけれど、
……あの二人、どうやらずっと手を繋いでいたらしい。
もう嫌だ。
糖分過剰散布罪
(イース、戻ってこい!)
(貴方たちがところ構わずハート振り撒かないって誓うなら、考えてあげる)
(は?)
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