朝、それこそ早朝といえるようなその時間、突然に鳴った携帯の所為で目が覚めた。薄暗い室内で、布団に潜ったまま携帯を取り上げ画面を確認する。
 誰だようぜえな。ほとんど無意識に出かけた舌打ちはしかし、表示された名前を見てうっかり引っ込んだ。ディスプレイに映るは赤鬼こと暮内の名前。

「……何」

 通話ボタンを押して、ぶっきらぼうに一言、聞く。発信者の名前に少しばかり浮上しかけた機嫌は、画面上に表示された時間を見た時点で既に急降下している。午前五時。どうりでまだ眠たいはずだ。

『……えーと』

 恐る恐るといった様子で話すところから察するに、向こうもこちらのあからさまな不機嫌オーラに気づいたらしい。簡潔に用件だけを言うと、暮内はさっさと通話を終了させた。通話時間、約二十八秒。
 言い逃げかよ。しかも内容は、「今から寮の玄関前まで来て」。

 ふざけるな、と思いながらも、結局は布団から抜け出して外に出る。面倒なので服装はパジャマ代わりのジャージのままだ。十二月の寒空には物足りなさを感じたけれど、咲羽にとっては耐えられないほどではない。
 玄関につくと、暮内はもうそこで待っていた。こちらの姿を認めるなりパッと顔を上げて、嬉しそうな顔をする。

「咲羽くん!」

 駆け寄ってくる暮内。その表情とは反対に、咲羽の眉間にはシワがよった。いくら相手が相手だからとはいえ、早朝に叩き起こされた恨みが簡単になくなるわけもない。しかし気づいているだろうに、それに関しては見事にスルー。
 いつものことだからなのか。それにしても電話とは正反対だ。どちらにしろ何だか腹が立つ。

「おはよう。早くにごめんね。寒くない?」

 そう言って笑う暮内の格好はといえば、暖かそうなコートとマフラーを着用、吐く息は白い。確かに奴から見れば咲羽のナリはかなり無謀だ。
 首からマフラーを外そうとする暮内を制して、何か用かと問う。これくらいの寒さにへこたれるほど柔に出来ていない。暮内は少し残念そうな表情でマフラーに掛けかけた手を止めると、コートのポケットに突っ込んで、何かを取り出した。

「はい、咲羽くん」

「……何」

 いきなり突きつけられたのは、シンプルに包装された小さな箱。どこからどう見てもプレゼントなのだけれど、あえて何かと聞いてみる。

「え、何って、クリスマスプレゼントなんだけど……」

 ああ、やっぱりか。祐喜と一緒にパーティーだと、ここ二・三日いやに張り切っていた犬の所為でクリスマス自体を忘れることはなかったのだけれど、こちらに関してはすっかり忘れていた。ヤベ、何も用意してねえや。
 チラリと暮内の様子を伺うと、奴は心底楽しそうに咲羽を見つめている。お返しはあまり気にしてなさそうだ。一人グッと拳を握って、その拍子に受け取ったばかりのプレゼントが潰れ、しまったと手を開く。

 それにしても一体何をくれたんだか。

「開けて開けて」

 せっつく暮内に仕方なく、赤い色の包装紙をビリビリと破っていく。包装紙が破れないよう慎重に、なんてのは柄じゃないので豪快に。
 中から出てきた白い箱の蓋を開ける。そこに納まっていたのは、サンタと、ソリを引くトナカイのマジパンだった。

「……」

「……あれ、ダメだった?」

 いやダメとかの問題ではなく、何故マジパン?

 予想外の中身にぐるぐると考えていれば、そういえばと二日ほど前にあった奴からの電話を思い出す。ギャーギャーうるさい犬の顔にデコピンしながら携帯を取ったのだ。

 何か欲しいものない?

 そうか、これか。それにしてもその場の勢いで答えたマジパンが、まさかこうして目の前に出されるとは思わなかった。
 店でこれを購入している暮内の姿を想像して、まだ朝早いというのに大声を上げて笑いそうになる。

「咲羽くーん。……えーと、」

「ああ、悪い。別にダメとかじゃねぇし」

「ほんと!? 良かったぁ」

 暮内がへにゃりと笑う。ああそんな風に笑うのは良いんだけどお返しは用意してねえぞー。
 言うと、暮内は何故だかキョトンとして咲羽を見つめた。考えもしてなかったと言いたげなその様子に、こちらが呆れてしまう。
 しかし冗談でなく、「そんなこと考えてなかった」と真面目に言ってのけた暮内に呆れがふっ飛び、湧いてくるのは少しばかりの罪悪感。
 何か考えとけ。思わず言った咲羽に、暮内は「じゃあ」と顔を近づけてきた。前髪をかき上げられ額に何かが触れる。
 キスされたのだと気づいたのは、暮内の顔が離れてから、さらに一拍おいてのことだった。

「プレゼント、これで。じゃあ、これから仕事だから。早くに呼び出してごめんね、おやすみ」

 ほける咲羽相手に話を終え、暮内はくるりと背中を向ける。無理やり叩き起こされた、その時以上に、咲羽の機嫌は急降下していく。
 腹が立って、満足そうに去っていく芸能人の背中に蹴りを入れた。

「!?」

 突然のそれに暮内の身体がよろける。手加減はしたので、前に倒れるなんてことはない。

「え、どうしたの」

 驚いて振り向いた、暮内の胸ぐらをつかむ。「そっちじゃねえだろ」と睨みつけて、今度は自分から口づけた。
 顔が赤くなっていたのは寒さのせいだと思いたい。




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