「……あ」

 いた。

 学校という場所に似つかわしくないそれを見つけて、池尻は思わずため息をついた。植え込みの向こうから立ち上っているのは、見てもあまりいい気分にはなれない灰色の煙だ。

(ああ、もう)

 判りやすいといえば判りやすい。見つけやすいといえば、確かにそうだ。
 けれど、元はと言えばあの男が授業をサボり辺りをうろついているから、こうして池尻が駆り出されるわけであって――つまりは判りやすいだとか見つけやすいだとか、そんなことを思うこと事態、間違っている。

「……校内は禁煙だ」

 元より隠すつもりもないのだろう。「誰に見つかろうが痛くも痒くもないし」、と以前、本人がそう言っていた。それに例え教師がこの場を見たとして、彼を教室に連行はしたとしても喫煙を咎めたりはしないだろう。
 その事実がまた、池尻を苛立たせる。一度思い出すとそれは止まらなくなり、池尻は感情に任せるまま足を進めた。
 植え込みの陰に座り込んでいた金髪の前に立ち、冷ややかな目で見下ろす。こちらを向いた青い目が池尻の姿を写すと、金髪、もとい堤はニヤリ、と口角を上げた。

「今日は遅かったんだ。三十分くらい?」

「そんなことはどうでもいい。それより、その手に持っているものを今すぐ捨てろ」

「捨てるだけでいいの? ここ、木とかいっぱいだから火事になっちゃうかも」

「……火を消してから捨てろ」

「ふふっ」

 何が面白い。コンクリートの上に煙草を投げ捨て、踏み潰す堤に、池尻は先ほどよりさらに冷ややかなそれをくれてやる。火を消し終え顔を上げた堤と視線がかちあい、――そして静寂。

「……いいね、ゾクゾクする」

 池尻は無言で校舎に足を向けた。

「あれ、どうしたの?」

「うるさい、黙れ。ついて来るな」

「ついて来るなって言われても。俺を探しにきたんでしょ」

「知らん!」

 いつの間にかすぐ横に並んでいた堤を、下から睨みつける。立ち上がった所為であからさまになった身長差が恨めしい。池尻も決して低い部類ではないのだけれど、ただ、堤が馬鹿のように高いのだ。
 必然的に今まで見下ろしていた顔が、今は見上げる形になってしまう。それがどうにも苛立って、彼から少しでも離れようと池尻は歩く速度を上げた。この態度がまた堤を喜ばせているのだと判ってはいるものの、どうにも我慢できないのだから仕方ない。

「大体、何でなんだ。何で僕が毎回毎回お前を迎えに行かなきゃならないんだ」

「そりゃ、池尻が風紀委員だからでしょ」

「だからって普通、こういうのは教師の役目だろうが! 職務怠慢も良いところじゃないか!」

「その辺りは、面倒事に巻き込まれたくないって教師の本音が現れてるのと、頼まれたら断れないお前の性格かなあ」

 図星を指されて、ぐっと押し黙る。人が気にしていることを!
 出来るだけ見ないようにとしていたのに、耐え切れなくなって再度、堤を睨みつける。

「――というより、そもそもお前が授業中に出歩かなければいい話だ。理事長の息子だか知らないが勝手が過ぎるだろ!」

「そんなこと言われてもなあ」

「それに、いまどき金髪が流行るとでも思ってるのか? ご丁寧にカラコンまでしやがって」

「それ、もう完全な八つ当たりだよね。酷いなあ」

 絵のような笑顔を浮かべた堤に、池尻はっとして言葉を止める。しまった、さすがに過ぎたか。どうにも気まずくなり顔を逸らすが、一瞬の間ののちすぐに気づく。
 ……うちの高校、染髪は全面的に禁止だ。

「おい、何で僕が気まずさを覚えなきゃいけないんだ。こっちは何一つ間違ったこと言ってないじゃないか」

「ぷぷっ……気づくの遅…」

「――馬に蹴られて死んじまえ!」

 唾を飛ばす勢いで吐き捨てる。こんな男、知るものか。ついでに膝に一発、蹴りを入れて今度こそ早歩きで立ち去った。つもりがしかし、コンパスの違いかすぐに追いつかれてしまう。
 その上、腕を捕まれたかと思うと同時、――近くの壁へ身体ごと押し付けられた。

「痛っ」

 頭は無事だったものの、背中を強く打った。畜生、何なんだ一体。文句を言ってやろうと顔を上げて、そこでようやく気づく。口から出かけたそれはいつの間にか引っ込んだ。

「お前さあ、」

 近い。……何って、堤の顔がだ。
 美形のドアップに思わず息を呑む。耐え兼ねて視線を逸らせば反対側には堤の手が回っていて、どうにも逃げられない。この状況は、何だ。

「な、何だよ」

「いや? 本当にいいわけ? 俺が死んでも」

「……その方が僕の生活も平和になる」

「けど面白味はなくなるだろ」

「自意識過剰だ」

「意地っ張り。困るくせに」

 言って、堤の顔が右にズレる。耳元に奴の息がかかって、身体がゾクリとした。

「―――――、―――――――」

「!」

 自分でも判る。今、確実に顔が赤い。
 知られているだろうとは思っていたけれど。

「……! ……!」

「……」

 図星を指され言葉が出ない池尻とは反対に、声を必死に押し殺し、堤が笑う。何が面白いかだなんて、池尻にも判っている。

(ああもう!)

 どうにも居た堪れなくなって、目の前にある堤の身体を思い切り突き飛ばす。奴がよろめいたその隙に、池尻は今度こそ全力で逃げ出した。









『だってお前、俺の顔好きだろ』

 面食いで悪かったな畜生!



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