女にモテる、もとい人気のある男とは、一般的にどういう性格をしているのだろうか。
例えば、笑顔が優しく親切。
例えば、物腰柔らか。
例えば、凜とした。
例えば、ストイックな。
例えば、――
(王子様、とか)
さすがにそこまでいくと世間知らずのお嬢さまが夢見る、幻想の域だけれど。
(……でもまあ、そんなもの、かな)
少なくとも九条は、その限りでない。
そんなことはもうずっと前から自覚している。だというのに彼女は、ご丁寧にも口調は穏やかに、しかしはっきりとそれを指摘して去っていった。
失望したなんてのはお互いさまだっただろう。今となってはもう、どうでもいい話なのだけれど。
そう、どうでもいい話だ。――そしてそもそも問題なのはそこではない。
(……やっべえ…)
なんて、叫んでしまいそうになる。それをぐっと抑え、ぐるぐると旋回するその考えを頭から追い出そうと奮闘した。けれど忘れたいことほどそう簡単には忘れられない。
いくらヒマだったからとはいえ、バカなことを思い出してしまったものだ。思わず自分で自分の首を絞めたくなった。
(……………………ダメだ、忘れよう)
どちらにせよ考えたところで仕方ない。時間が余るというのは厄介だな、なんて思いながら、他に面白いことでもないかと教室内を目を向ける。
いっても、そうしたところで目に入るのは前と斜め前、その席の奴らの背中。机に向かうか室内をうろつくかは半々で、そしてそこから少し顔を上げれば黒板。自分の机に目を向けても、散らかったそこにあるのは配られたきり放置されたプリントくらいか。
プリントは授業開始から二十分経った今も白紙のままだ。
「……」
不意に思いついて、九条は頭を上げると、机に放られていたシャーペンを手に取る。白紙部分にさらさらと数行の書き込みを入れて、それを縦長に折りたたんだ。
それを片手に身体を外に向けて腰を軽く浮かせると、椅子がギシリと音をたてて軋む。
――そこで後頭部に衝撃。
「あたっ」
突然のそれに何事かと驚いて振り向く。立っていたのはクラスメイトの女で、丸めたプリントの束を片手にした橋本だ。
……え、何。
しかしそれを九条が聞くより先に、橋本が口を開いた。
「なんであんたが学年一位なのか判らないわ」
「……は?」
何のことだ。
「なんであんたが学年一位なのか判らないわ」
「いや、繰り返されても」
「なんで私があんたより下位なのか判らないわ」
「言ってることそう変わってないよな、それ」
だから、そもそも一体、何のことだ。訊くと橋本は無言で、九条の手から紙飛行機と化した課題プリントを引ったくった。ガサゴソと乱暴にそれを広げ、中を確認する。
途端、橋本が小刻みに震えだした。手にあるそれをグチャグチャに握り潰して、九条の顔めがけて叩きつける。
「腹立つ!」
「ぶっ」
クリーンヒット。顔面。
見事に命中したそれに、わけが判らず、とりあえず体勢を整える。そうしながら右手では大して痛くもない鼻を押さえて一言、「何すんの!」と噛みついた。――そこでまた衝撃。
二度目のそれは、ゴン、なんていうステキな音がした。
「うぐっ、……いったぁ。ちょ、だから何!」
「うるさいわね、何よ、まさかとは思ったけど白紙じゃない!」
半ば叫びながら飛んできたのは三度目。さすがにそれはガードしつつ、ああ原因はそれかと納得する。課題が白紙な上にさらさら提出する気のない首位に怒っているわけだ、つまり。
橋本は次席だ。
「ああもう、こんなザマなのに、どうして全教科ほぼ満点なんて真似ができるのよ」
「えーとそこはほら、頭の造りが違うから」
「自分で言わないで、鬱陶しい」
でも本当のことなんだけどね。
声には出さなかったそれはしかし、顔の方へ出たようだ。九条の右隣の、つまりは自分の席の机に腰を落ち着けながら、橋本があからさまにため息を吐いた。
「え、何そのため息」
「怒ってるのよ。必死に勉強してる私がバカみたいじゃない」
「……うそつけ。俺はお前がテスト勉強してるとこなんて見たことないって」
「失礼ね、普段からきちんとしてるからよ。けどそれ以上は努力しなきゃどうにもならないもの。やるところはしっかりやってるわ。
――なのにあんたにはそれがないからムカつく」
「いや、まあ……そうだけど。俺だって多少の努力はしてるよ」
「やっぱり腹立つ」
「なんでだ」
謙遜しても鬱陶しいだろうから肯定したというのに。
「……ほんと、見た目はいかにもな美形なのに残念な性格よね。あんた」
「ええー…」
「なんだろう、ナルシスト……じゃないんだけど、その一歩手前? 自信家ともちょっと違うし」
「ちょっ、待って、元カノと同じこと言わないで。いやもう、とりあえず判ったからそれ以上は」
――不意打ちもいいところだ。せっかく忘れかけていたところを掘り起こされるとは。
反射的に耳を塞ぎ、橋本が続きを言う前に遮って釘を刺す。けれど橋本の反応は、九条の予想を裏切ったものだった。
「……は?」
「……え」
妙な間に、何事かと思いおかしな声が出る。見れば橋本は目を開いて九条を凝視していて、その様子に逆にこちらが驚いてしまう。そういえば、橋本が驚く姿というのは少し珍しいかもしれない。
耳を押さえたままの状態でのん気に構えていると、ハッと我に返った橋本は、それこそ掴みかかるような勢いで九条に迫った。
「何、九条あんたまた別れたの? いつ?」
「昨日」
というわけで現在の九条は、彼女いない歴・十五時間。と、少し。
フラレたのはあくまで九条の方なので、そこは悪びれもせずあっさり言ってのける。橋本は呆気に取られたのち、額に手をあてたかと思うと盛大なため息を吐いた。
今のは確実にわざとだ。
「端から見ればただの美形なのに……。寝顔も色情そそられるし」
「女の子がそういうこと言っちゃだめだと思うなあ」
見た目と性格にギャップがあるのはお互いサマだ。
「しかしまあ、よくフラれること。高校入って何人目よ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………ふう……」
「気にしてたのなら言いなさいよ……」
「いや、気にしてないよ。随分と的確に人の弱いところ付いてくるなって思っただけで。――この前の子でちょうど十人目かな」
「……気にしてたのなら正直に言いなさいよ。あとそのポーズ取ると本当にナルシストみたいだからオススメしないわ」
九条は先ほど組んだばかりの足をそっと戻した。
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